西田幾多郎『善の研究』


はじめに


 日本初の本格哲学著作とされる本書。

 第1編「純粋経験」、第2編「実在」、第3編「善」、第4編「宗教」からなる。


 学生時代、私は西田幾多郎にずいぶんと入れ込んだ。


 「主客合一」とか「絶対矛盾的自己同一」とかいったキーワードは、当時の私の思想をまるで代弁してくれているように思えたし、もっと言うなら、私が西田に出会う前に独力で辿りついた、最高の思想境地だとさえ考えていた。


 当時の私には、たとえばアートマン即ブラフマンのような合一思想こそ、この世の真理を表したものと考えられていたのだ。


 しかし今の私は、精神的な親和性はどうあれ、哲学的にはこの境地から大きく脱している。そしてそのために、西田哲学に対しては認識論的にも倫理学的にもいくらか批判的だ。


 以下、そのことも含めて本書を紹介していくことにしたいと思う。



1.純粋経験


 「純粋経験」とは何か。西田はまず次のように言う。


「経験するというのは事実其儘に知るの意である。全く自己の細工を棄てて、事実に従うて知るのである。純粋というのは、普通に経験といって居る者もその実は何らかの思想を交えて居るから、豪も思慮分別を加えない、真に経験其儘の状態をいうのである。例えば、色を見、音を聞く利那、未だこれが外物の作用であるとか、我がこれを感じて居るとかいうような考のないのみならず、この色、この音は何であるという判断すら加わらない前をいうのである。それで純粋経験は直接経験と同一である。自己の意識状態を直下に経験した時、未だ主もなく客もない、知識とその対象とが全く合一して居る。これが経験の最醇なる者である。」 


 主観と客観がまだ分かれていない直接的な経験。これを西田は「純粋経験」と呼ぶわけだ。


 西田に言わせれば、この純粋経験と「思惟」とは別ものではない。より正確に言えば、思惟は純粋経験から展開するものなのだ。


「思惟であっても、そが自由に活動し発展する時にはほとんど無意識的注意の下において行われるのである、意識的となるのはかえってこの進行が妨げられた場合である。」    


 先の引用の例で言えば、ただ無心に色を見ている時が主客合一の純粋経験だが、「この色は何か淋しさを感じさせるな」とか、「部屋のカーテンにちょうどいい色だな」とかいった意識が訪れた時に、純粋経験は「思惟」に展開するわけだ。


 それゆえ西田は次のように言う。


「されば純粋経験の事実は我々の思想のアルファでありまたオメガである。要するに思惟は大なる意識体系の発展実現する過程にすぎない、もし大なる意識統一に住してこれを見れば、思惟というのも大なる一直覚の上における波瀾にすぎぬのである。」    



2.知的直観


 純粋経験は純粋経験でも、そのより深遠なるものを西田は「知的直観」と呼ぶ。


余がここに知的直観intellektuelle Anschauungというのはいわゆる理想的なる、普通に経験以上といって居る者の直覚である。弁証的に知るべき者を直覚するのである、例えば美術家や宗教家の直覚の如き者をいうのである。    

   
 たとえばモーツァルトは、作曲中、自分の音楽を瞬時に立体的に眺めることができたという。

 天真爛漫な子どもや、彼我合一の境地の宗教家も、同じく知的直観を可能にした者であると西田は言う。


天真爛漫なる嬰児の直覚は凡てこの種に属するのである。それで知的直観とは我々の純粋経験の状態を一層深く大きくした者にすぎない、即ち意識体系の発展上における大なる統の発現をいうのである学者の新思想を得るのも、道徳家の新動機を得るのも、美術家の新理想を得るのも、宗教家の新覚醒を得るのも凡でかかる統一の発現に基づくのである(故に凡て神秘的直覚に基づくのである)。    



3.実在


 さて、以上のような観点から見た時、世界の「実在」はいったい何であるか?


 ここで西田は、デカルト的懐疑のような思索を進める。


 「さらば疑うにも疑い様のない直接の知識とは何であるか。そはただ我々の直覚的経験の事実即ち意識現象についての知識あるのみである。現前の意識現象とこれを意識するということとは直に同一であって、その間に主観と客観とを分つこともできない。」


 デカルトが見出したのは、疑おうと思っても疑い得ない「私」(コギト)だった(デカルト『方法序説』のページ参照)。


 それに対して、西田が見出すのは主客合一の「純粋経験」だ。


「意識は必ず誰かの意識でなければならぬというのは、単に意識には必ず統一がなければならぬというの意にすぎない。もしこれ以上に所有者がなければならぬとの考ならば、そは明に独断である。しかるにこの統一作用即ち統覚というのは、類似せる観念感情が中枢となって意識を統一するというまでであって、この意識統一の範囲なる者が、純粋経験の立場より見て、彼我の間に絶対的分別をなすことはできぬ    


 西田は次のようにも言っている。


「個人あって経験あるのではなく、経験あって個人あるのである。個人的経験とは経験の中において限られし経験の特殊なる一小範囲にすぎない。    


 のちに、倉田百三が強い感銘を受けた箇所としても知られている一節だ(倉田百三『愛と認識との出発』のページ参照)。


 疑い得ないのは、「私」ではなく「私」以前の「純粋経験」である。そう西田は言うわけだ。


 さて、しかしこの点、私には異論がある。


 原初的実在は主客未分の純粋経験である、と言うと、何となくそれらしくも感じるが、私たちは本当にそのように言うことができるのだろうか?


 私が最も鍛え抜かれた認識論と考えているフッサール現象学は、疑い得ない認識の底板を「超越論的主観性」と呼ぶ。


 フッサールは、主客未分(主客合一)ではなく、一切をあくまでも主観(の確信)に還元するのだ(フッサール『イデーンⅠ』『デカルト的省察』などのページ参照)。


 「主観」はいかにして「客観」に的中しうるか。


 これが、従来の近代哲学のパラダイムだった。


 しかしフッサールは、「客観」それ自体など知り得ないとしてエポケー(判断中止)し、その上で、「客観」は「主観」においていかに「確信」「信憑」として成立するかというパラダイムに認識論を転換したのだ。


 それに対して、西田は「主客未分」を最も根源なるものとして唱える。


 が、この「主客未分」は、私の考えでは、どれだけ原初的に見えようとも、「主観」によって反省的に構成・想定された「確信」「信憑」にすぎない。


 「主観」によって反省的に捉えられてはじめて、私たちは「主客未分」の認識がありうることを知ることができるのだ。

 したがって、「主客未分」が主観に先行すると主張するのは、先構成的ドグマであると言わねばならない。


 主客合一は、あくまでも主観において確信された認識状態なのだ。

 したがって、思考の始発点(西田の言葉を借りれば「考究の出立点)を主客合一におくことはできないと私は思う。

 それはどこまでも、「超越論的主観性」におかれるほかないのだ。

 しかしともあれ、先へ進もう。



4.善


 以上の認識論に基づいて、西田は本書のタイトルでもある「善」の研究へと筆を進める。


 まず西田は、倫理学説には「他律的倫理学説」と「自律的倫理学説」があることを述べる。


 他律的倫理学説には「君権的権力説」と「神権的権力説」があって、どちらも善の根拠を超越的なものに置いている。


 こうした権威的な倫理学説を、西田は次のように批判する。


「権威説よりはかくの如く道徳的動機を説明することができぬばかりでなく、いわゆる道徳法というものもほとんど無意義となり、従って善悪の区別も全く標準がなくなってくる。我々はただ権威なる故に盲目的にこれに服従するというならば、権威には種々の権威がある。暴力的権威もあれば、高尚なる精神的権威もある。しかしいずれに従うのも権威に従うのであるから、斉しく一であるといわねばならぬ。即ち善悪の標準は全く立たなくなる。」    



 次に自律的倫理学だが、これには1.合理説、2.快楽説、3.活動説の3つがある。

 合理説は、いわばこの世界の客観的・物理的・幾何学的真理を知れば、自ずと善の真理も理解できるとするもの。

 しかし西田は、価値の問題はそのような物理・幾何学法則とは別ものであると言う。

 快楽説には、エピクロスのような利己的快楽説とベンサムのような公衆的快楽説があるが、いずれも快楽の最大化をもって善とする。

 しかし西田は、人間には先天的な「他愛」の精神があるのであり、これをも快楽に還元するのはおかしいと批判する。

 最後に活動説だが、これは人格の完成、人間的理想の実現を言う。西田が与するのはこの説だ。

そこで善とは我々の内面的要求即ち理想の実現、換言すれば意志の発展完成であるということとなる。斯の如き根本的理想に基づく倫理学説を活動説energetismという。

この点より見て善と幸福とは相衝突せぬばかりでなく、かえってアリストテレスのいった様に善は幸福であるということができる我々が自己の要求を充すまたは理想を実現するということは、いつでも幸福である〔中略〕快楽と幸福とは似て非なる者である。」

「かく考えて見れば意志の発展完成は直に自己の発展完成となるので、善とは自己の発展完成self-realizationであるということができる。即ち我々の精神が種々の能力を発展し円満なる発達を遂げるのが最上の善である(アリストテレースのいわゆるEntelechieが善である)。竹は竹、松は松と各自その天賦を充分に発揮するように、人間が人間の天性自然を発揮するのが人間の善である。」

 人間の本性に従い、これを円満に発達させることこそが最上の善である。


 西田はそう言うわけだ。



5.完全な善行


 では善の内容はどのようなものか?


 西田はここでもまた「主客合一」と言う。


「真の善行というのは客観を主観に従えるのでもなく、また主観が客観に従うのでもない主客相没し物我相忘れ天地唯一実在の活動あるのみなるに至って、甫めて善行の極致に達するのである。    


 そして言う。


「我々と全く意識の根柢を異にせるものがあったならばとにかく、凡ての人に共通なる理性を具した人間であるならば、必ず同一に考え同一に求めねばならぬと思う。」    


「我々が内に自己を鍛錬して自己の真体に達すると共に、外自ら人類一味の愛を生じて最上の善目的に合う様になる、これを完全なる真の善行というのである〔中略〕道徳の事は自己の外にある者を求むるのではない、ただ自己にある者を見出すのである    


 主客合一の世界においては、私の善はそのままに人類の善である。


 西田はそう言うわけだ。


 この点、西田のきわめてナイーヴな思想が露呈してしまっているように私には思われる。


 これは、ヘーゲル「心胸の法則」と呼んだステージだ。


 私にとって真・善・美であることが、そのまま同時に普遍的に真・善・美であると信じること。


 ヘーゲルに言わせれば、これは何ら現実性を持たない理想主義にすぎない。


 ヘーゲル哲学は、さらにここから「徳の騎士」そして「良心」へとステージを上げていく。


 ヘーゲルの倫理哲学に比べて、西田のそれは一つも二つもステージが下がるように私には思われる(詳細はヘーゲル『精神現象学』(2)のページを参照されたい)。



6.宗教


 本書の最後で、西田は宗教について論じる。


 ここでもまた、「主客合一」がキーワードになる。


我々は知識においてまた意志において意識の統一を求め主客の合一を求める、しかし、こはなお半面の統にすぎない、宗教はこれらの統の背後における最深の統一を求めるのである、知意未分以前の統一を求めるのであ    


 知情意すべてにおける主客合一への希求、これが宗教の本質であると西田は言うのだ。


 神とは、この合一の最も深遠なる存在だ。


 したがって、神は人間の上に超越しているものではなく、われわれと合一しているものである。



「超越的神があって外から世界を支配するという如き考は啻に我々の理性と衝突するばかりでなく、かかる宗教は宗教の最深なる者とはいわれない様に思う。」

「かく最深の宗教は神人同体の上に成立することができ、宗教の真意はこの神人合一の意義を獲得するにあるのである。」


7.知と愛


 最後の最後に、本書には知と愛についての付録が収められている。


 西田によれば、知と愛は別ものと考えられているが、これまた同じものである。


 すなわち、「主客合一」。

 
知と愛とは普通には全然相異なった精神作用であると考えられて居る。しかし余はこの二つの精神作用は決して別種の者ではなく、本来同一の精神作用であると考える。しからば如何なる精神作用であるか、一言にて云えば主客合一の作用である。

我々が物を愛するというのは、自己をすてて他に一致するの謂である自他合てその同点の間隙なくして始めて真の愛情が起るのである。我々が花を愛するのは自分が花と一致するのである。月を愛するのは月に一致するのである。親が子となり子が親とおのれなりここに始めて親子の愛情が起るのである。

知は愛、愛は知である。例えば我々が自己の好む所に熱中する時はほとんど無意識である自己を忘れ、ただ自己以上の不可思議力が独り堂々として働いて居る。この時が主もなく客もなく、真の主客合一である。この時が知即愛、愛即知である。」

 まったく、何から何まで、西田に言わせれば「主客合一」で片がついてしまうのだ。


 私には正直、これではあまりに思索が浅いのではないかと思えてしまう。

 ただ主客合一などと言うのではない、愛のより深い本質(その条件や本質契機の数々)をえぐり出さなければ、私たちはそれを力強い哲学と呼ぶことはできないだろう。




(苫野一徳)


Copyright(C) 2017 TOMANO Ittoku  All rights reserved.

倉田百三『愛と認識との出発』


はじめに

 1921年に発表された本書は、たちまちのうちにベストセラーとなった。

 その4年前に出版された倉田の戯曲『出家とその弟子』もまた、現代にまで続くベストセラーだ。

 私もまた、中学時代に『出家とその弟子』を読んで、ひどく感化された者の一人だ。以来、倉田百三は、私にとってずっと「気になる先輩」であり続けた。

 先輩、というのは、彼の過剰なまでのロマン主義が、当時の私の精神にぴたりと符号したからだ。

 絶対なる愛の希求。理想と現実の相克に苦しみながらも、なお理想を信じ抜こうとする生き方。

 これは若者だけに許された特権だ。とりわけ、日本の近代化を託された、明治・大正時代に青春を生きた倉田らエリート青年は、激しい理想主義に燃える理由があった。

 このような理想主義・ロマン主義は、現代の若者たちには流行らないかもしれない。しかし本書には、理想を抱かずには生きられないタイプの人間たちのリアリティがある。

 と、しかし倉田に心酔してから二十数年、哲学徒になった今の私は、持って生まれた気質はさておくなら、彼の素朴なロマン主義からは遠く離れたところにいる。

 哲学的に言って、本書で展開されている倉田の思想は、文字通り青臭い未熟さに満ちている。その肩に力の入りすぎた文章、自己陶酔に過ぎる表現は、読者に微笑以上に恥ずかしさを覚えさせるほどだ。

 でも、それでもなお、ここにはやはりある時代、ある世代の思想のリアリティがある。

 1943年、旧制第一高等学校(現在の東京大学)の学生たちが最も愛読したのは、本書だったという。

 以下、近代日本のあけぼのの時代精神を見ていくことにしよう。


1.異性の内に自己を見出さんとする心

 本論文で、まず倉田はかつて自分が独我論者であったことを述べる。

 確実なのは自分の意識であって、それ以外は影である。そう考えていたと述べる。

「私は生きている。私はこれほど確かな事実はないと思った。自己の存在は直ちに内より直観できる。私はこれを疑うことは出来なかった。しかしながら他人の存在が私にとっていかばかり確実であろうか。〔中略〕私はここに認識論の煩瑣な理論を書くことを欲しないが、とにかくその頃の私は唯心論の底に心を潜ませていた。私はどう思っても主観のVorstellungとしての外は他人の存在を認めることができなかった。私にとっては他人の存在は影のごとく淡きものに過ぎなくなった。」

 そのため、愛などというものも、迷妄以外の何ものでもないと考えていた。

「この頃私に取りては愛ほど大きな迷妄はなかった。」

 ところが倉田は、ある日西田幾多郎『善の研究』との運命的な出会いをはたす。

 そこにはこうあった。

「個人あって経験あるにあらず、経験あって個人あるのである。個人的区別よりも経験が根本的であるという考から独我論を脱することが出来た。」

 この西田哲学との出会いが、倉田を独我論から抜け出させることになる(西田幾多郎『善の研究』のページ参照)。

 最も根源的な実在は、私の意識などではなく、主客未分の「一」なる存在である。倉田はそう考えるようになったのだ。


「実在の最も原始的なる状態は個人意識ではないそれは独立自全なる一の自然現象である。我とか他とかいうような意識のないただ一のザインである。ただ一の現実である。ただ一の光景である。純一無雑なる経験の自発自展である。主観でもない客観でもないただ一の絶対である。

 それゆえ愛とは、この主客合一への帰還の要求のことである。

愛は主観が客観と合一して生命原始の状態に帰らんとする要求である。

 このように考えるようになった倉田は、そのような愛を狂おしく求めるようになる。

「私は男性の霊肉をひっさげて直ちに女性の霊肉と合一するとき、そこに最も崇高なる宗教は成立するであろうと思った。真の宗教はsexの中に潜んでるのだ。ああ男の心に死を肯定せしむるほどなる女はないか。私は女よ、女よと思った。そして偉大なる原始的なる女性の私に来らんことを飢え求めた。」

 このあたり、読者が恥ずかしくなってしまうような表現が延々続く。次のような文章には、思わず吹き出してしまうような青々しさがある。

「私は若さまと嬢さまとの間に成り立つような甘い一方の恋がほしいのではない。生命と生命との慟哭せんほどの抱擁がほしいのだ。私が深く突っ込むとき私は皆逃げられた。気味悪るがられた。〔中略〕私は処女は駄目なんだろうかと思った。」

 さらに彼はこんなことまで告白する。


「私は非常識にも色街の女に人格的な恋を求めに行った。私はこんなところへも肉を漁りに行かなかった。私は童貞であったが、故あって私の生殖器は病的に無能力であったのである。ただ魂でも、肉でもない、私の全部生命を容れてくれるような女を求めに行ったのだ。けれどもそれは失望に終った。あの艶々しい黒髪としなやかな白い肌、その美しい肉体のなかに、どうしてこんな下劣な魂が宿ってるのであろうかと不思議でならなかった。私はその肉体美だけを彼れらから剥ぎ取ってやりたいほどに思った。女は何故こんなに駄目なのであろう。私は腹が立つよりも悲しかった。止むなくば「女」を撲滅しなければならない。そして女の肉だけを残さなければならないと思った。」

 みなぎる性欲と、崇高な愛を求める理性との相克の様を感じさせられる。

 そんな倉田に、ある日ついに真の恋が訪れることになる。

「ああ私は恋をしてるんだ。これだけ書いた時涙が出てしかたがなかった。私は恋のためには死んでも構わない。私は初めから死を覚悟して恋したのだ。私はこれから書き方を変えなければならぬような気がする。何故ならば私が女性に対して用意していた芸術と哲学との理論は、一度私が恋してから何だか役に立たなくなったように思われるからである。私は実に哲学も芸術も放擲して恋愛に盲進する。〔中略〕今の私にとって恋愛は独立自全にしてそれ自ら直ちに価値の本体である。

 自分は彼女にすべてを捧げると倉田は言う。

「私は私の身心の全部をあげて愛人に捧げた。私はどうなってもいい。〔中略〕私は決して彼の女に背かない。偽わらない彼の女のためには喜こんで死ぬことができる。

 だから、もしもこの恋が破れたならば、私はもう自滅するほかないと彼は言う。

「ああ私は血まみれの一本道を想像せずにはいられない。その上を一目散に突進するのだ。力尽きれば止むを得ない。自滅するばかりだ。」


2.恋を失うたものの歩む道

 倉田の恋は、結局破れ去ることとなる。

 しかし彼は、結局自殺することはできなかったと言う。

 自分の道徳心が、自殺を許さなかったのだ、と。

「私にとって最も痛切なる理由は自殺が私に最深の道徳的満足を与えない事である。最終までの努力感を与えないことである。自らをほめる心地になれない事である。」

 なぜ自分の恋愛はうまくいかなかったのか。倉田はその理由を次のように分析する。


私の恋愛の崩れたのはその誤謬からであった。私の恋愛は甘きもの美しきものに対する憧憬ではなく「確実なもの」を捉えんとする要求であった。確実なる生活の根本基礎を女の本能的な愛の中に据えつけようとした。〔中略〕しかしながら本能的な愛は私の期待した如く決して鞏固ではなかった。女の恋愛には精神生活の根底がなかったために、その崩れ方は実に脆かった。私は一種の錯誤に陥っていた。私の厖大なる形而上学的の意識生活を小娘の本能的な愛の上に据えつけた。それが瓦壊の源であった。

考えてみれば彼の女は憐れむべき女である。私を欺いたのも悪意からではなく稚きものの犯しやすき表現の罪に陥ったものであろう。まだ思想の定まらない彼女が私の超大な、不完全な、私の精神生活の重荷に堪えなかったのも無理はない。

 自分の偉大な精神は、しょせん小娘ごときには理解できなかったのだ。平たく言えば、倉田はそう言うわけだ。

 そこで彼は言う。今後自分が求めるべきは、恋愛ではなくキリスト教的な隣人愛である、と。

「私は本能的な愛と基督教的な愛とを混雑させていた。私は前者より後者に推移せねばならぬ。」


3.隣人としての愛

 こうして倉田は、続く論文で隣人愛について論じることになる。

 真の愛は隣人愛のみである。そう倉田は主張する。


「私は今は隣人の愛のみ真実の愛であると信じている。母子の愛と男女の愛とは愛と異なるのみならず、相乖くものである。それは愛ではなくてエゴイズムの系統に属するものである。多くの人はこれを混同している。」

 真面目な、いかにもエリート青年の思想と言うべきだろう。

 恋の挫折を味わい、そしてその中におのれのエゴイズムを見て取った倉田は、その反動から、「真の愛」を思い描き、そしてそれをキリスト教的な隣人愛に見出したのだ。

 ニーチェに言わせれば、それはある意味、ルサンチマンによって抱かれた反動の思想と言うべきだろう。

 しかし同時に、ここには、高い理想を思い描かずにはいられない、明治のエリート青年の真摯さもまた見ることができるように私は思う。


4.愛の二つの機能

 倉田はさらに、愛とは祈りであると言う。

親鸞聖人は念仏によて完全な愛の域に達せんと望んだ。私はこの計画の実際的効果をまだ信じ得ないけれど、愛を思えば祈りの心持を感ぜずにはいられない。もとより未だこの祈り聞かるべしと信じての祈りではない。しかし、祈りの心持を感ずる。そして私は今ではこの心持を伴わざる愛は、決して深いものとは思われなくなているどうぞ私がこの少女の運命を傷けませぬように! 昔あ海べで別れた病める友、今はどうしているかわかりませぬが、どうぞ幸でいますように!

 なるほど、この文章にはいくらかのリアリティがある。人は愛を知った時、相手の幸せを、何かのご利益を期待してと言うわけではなく、ただ純粋に祈らざるを得ないものだ。

 しかし倉田が次のように言う時、そこには青年期の未熟さを感じないわけにはいかない。

キリストの如き宗教的天才においては、その愛は常にたたかいの相を呈している。そしてその闘いは、祈りによって義しくされている。〔中略〕深く考えてみれば、愛とは他人をして人間としての真理に従わしめようとすることのほかにはない。故に愛を実行せんとする時には、自己に取って真理なることは、他人に取っても真理であるとの信仰が必要である。」

著しくいわば、真に徹底せる愛は、真理を強いることである。マホメットが剣を以て信じさせようとした心持には、愛のある真理が含まれている。

「自己にとって真理なることは、他人にとっても真理であるとの信仰」。

 これはヘーゲルが、まだまだ未熟な精神ステージである「心胸の法則(むねののり)」として描き出したものにほかならない。

 しかしこの素朴な信仰は、現実世界の前にもろくも崩れ去る。私にとって正しいことが、即座に人にとっても正しいことであるはずなどないのだ。

 そこでこの未熟な精神は、次の未熟な精神である「徳の騎士」のステージへと移行する。

 まさに、「マホメットが剣を以て信じさせようとした」ように、他者に向けて真理(と自分が信じるもの)を強要するのだ。

 しかしこれもまた、結局のところ独りよがりな攻撃性以外の何ものでもない。

 倉田の思想は、ヘーゲルの観点から見ればあまりに未熟なものと言わざるを得ないヘーゲル『精神現象学(2)』のページ参照)

 しかし同時に、私たちはこの未熟さの中に、青雲の志を抱く若者の、実存を賭けたリアルなあがきを見ることもできるのだ。


(苫野一徳)

Copyright(C) 2017 TOMANO Ittoku  All rights reserved.