九鬼周造『「いき」の構造』


はじめに

 ハイデガーの弟子としても知られる、九鬼周造(1888-1941)。

 本書では、日本人独特の感性とされる「いき」の本質解明が試みられている。

 さすがは、本質観取の名手ハイデガーに認められた哲学者と言うべきだろう。本書で繰り広げられる現象学的本質観取には、本家ハイデガーを思わせるほどの洞察がある(ハイデガー『存在と時間』のページ等を参照)。

 「いき」とは一体何なのか?

 本書を読めば、その本質に迫ることができる。


1.「いき」の本質契機

 まず、九鬼は「いき」の本質契機を3点明らかにする。

 1つは「媚態」

「媚態とは、一元的の自己が自己に対して異性を措定し、自己と異性との間に可能的関係を構成する二元的態度である。そうして「いき」のうちに見られる「なまめかしさ」「つやっぽさ」「色気」などは、すべてこの二元的可能性を基礎とする緊張にほかならない。〔中略〕異性が完全なる合同を遂げて緊張性を失う場合には娼態はおのずから消滅する。」    

「二元的関係を持続せしむること、すなわち可能性を可能性として擁護することは、媚態の本領であり、したがって「歓楽」の要諦である。」    

 ここで言われる「二元性」とは、ありていに言えば、「手に入りそうで入らない」距離感のことと言っていい。

「媚態の要は、距離を出来得る限り接近せしめつつ、距離の差が極限に達せざることである。」   

 2つ目の本質契機は「意気地(いきじ)」にあると九鬼は言う。


「「いき」の第二の徴表は「意気」すなわち「意気地」である。意識現象としての存在様態である「いき」のうちには、江戸文化の道徳的理想が鮮やかに反映されている。〔中略〕「いき」には、「江戸の意気張り」「辰巳の侠骨」がなければならない。」

 そして3つ目の本質契機は「諦め」にある。

「「いき」の第三の徴表は「諦め」である。運命に対する知見に基づいて執着を離脱した無関心である。「いき」は垢抜がしていなくてはならぬ。あっさり、すっきり、瀟洒たる心持でなくてはならぬ。」    

 要するに、媚態を土台にしながらも、それが単なる媚態ではなく、そこはかとない諦念が漂い、かつ張りのあるところに、私たちは「いき」を感じると九鬼は言うのだ。


「「いき」を定義して「垢抜して(諦)、張のある(意気地)、色っぽさ(媚態)ということができないであろうか。」

 ここに九鬼は、武士道仏教との融合の姿を見る。「いき」が日本人特有の感性とされる所以である。

「要するに、「いき」という存在様態において、「媚態」は、武士道の理想主義に基づく「意気地」と、仏教の非現実性を背景とする「諦め」とによって、存在完成にまで限定されるのである。」   


2.「いき」の自然的表現

 以上、意識現象としての「いき」の本質を明るみに出した九鬼は、続いてその客観的表現(仕草や芸術表現)の考察に進む。

 彼によれば、「いき」な仕草や表情には次のようなものがある。


姿勢を軽く崩す
薄物を羽織る
湯上り姿
細っそり
細面
流し目
弛緩と緊張の口
薄化粧
襟足
素足

 これらはいずれも、先に挙げた二元性を表現したものである。

 こうした「いき」な仕草への感性が日本独特のものであることを、九鬼は次のような例を挙げて説明している。


「歌麿も『婦女相学十躰』の一つとして浴後の女を描くことを忘れなかった。しかるに西洋の絵画では、湯に入っている女の裸体姿は往々あるにかかわらず、湯上り姿はほとんど見出すことができない。」


「いき」なものとして抜き衣紋が江戸時代から屋敷方以外で一般に流行した。襟足を見せるところに媚態がある。〔中略〕西洋のデコルテのように、肩から胸部と背部との一帯を露出する野暮に陥らないところは、抜き衣紋の「いき」としての味があるのである。」


3.「いき」の芸術的表現

 続いて、「いき」な芸術とはどのようなものだろうか?

 まず九鬼は、芸術を主観的芸術客観的芸術とに分け、「いき」が存分に表現されるのは主観的芸術においてであると言う。

 客観的芸術とは、絵画、彫刻、文学などのこと。対する主観的芸術は、模様、建築、音楽のことである。

「芸術が客観的であるというのは、芸術の内容が具体的表象そのものに規定される場合である。主観的であるとは、具体的表象に規定されず、芸術の形成原理が自由に抽象的に作動する場合である。絵画、彫刻、詩は前者に属し、模様、建築、音楽は後者に属する。前者は模倣芸術と呼ばれ、後者は自由芸術と呼ばれることもある。」    

 なぜ客観的芸術より主観的芸術の方が「いき」を表現しやすいのか?

 九鬼によれば、それは客観的芸術が「いき」なものをそのままに描き出してしまいやすいからである。


「(客観的芸術は、)既に内容として具体的な「いき」を取扱っているから、「いき」を芸術形式として客観化することにはさほどの関心と要求とを感じないのである。」

「それに反して、主観的芸術は具体的な「いき」を内容として取扱う可能性を多くもたないために、抽象的な形式そのものに表現の全責任を託し、その結果、「いき」の芸術形式はかえって鮮やかな形をもって表われてくるのである。」

 それゆえ九鬼は、以下、模様や建築、音楽について考察する。

 まず模様について。

 「いき」は二元性を備えている必要があるが、平行線ほど二元性をよく表しているものはないと九鬼は言う。


「永遠に動きつつ、永遠に交わらざる平行線は、二元性の最も純粋なる視覚的客観化である。模様として縞が「いき」と看做すされるのは決して偶然ではない。」

 さらに、「横縞」よりも「縦縞」の方が「いき」である。

「その理由の一つとしては、横縞よりも縦縞の方が平行線を平行線として容易に知覚させるということがあるであろう。両眼の位置は左右に、水平に並んでいるから、やはり左右に、水平に平行関係の基礎の存するもの、すなわち左右に並んで垂直に走る縦縞の方が容易に平行線として知覚される。」   

「なおまた、他の理由としては、重力の関係もあるに相違ない。横縞には重力に抗して静止する地層の重味がある。縦縞には重力とともに落下する小雨や「柳条」の軽味がある。」    

 色について言えば、青系統が「いき」である。

「「いき」な色とはいわば華やかな体験に伴う消極的残像である。「いき」は過去を擁して未来に生きている。〔中略〕また、「いき」は色気のうちに色盲の灰色を蔵している。色に染みつつ色に泥まないのが「いき」である。「いき」は色っぽい肯定のうちに黒ずんだ否定を匿している。」    

 建築について言えば、「いき」な建築は茶屋にあると九鬼は言う。

「茶屋の座敷としては「四畳半」が典型的と考えられ、この典型からあまり遠ざからないことが要求される。また、外形が内部空間の形成原理に間接に規定さるる限り、茶屋の外形全体は一定度の大きさを越えてはならない。」    

 さらに、二元性の表現としては、木材と竹材との控えめな二元性が「いき」を表している。

 建物の明るさにおいては、「行灯」が「いき」である。

 次に音楽について、九鬼は次のように言う。

「旋律上の「いき」は、音階の理想体の一元的平衡を打破して、変位の形で二元性を措定することに存する。二元性の措定によって緊張が生じ、そうしてその緊張が「いき」の質料因たる「色っぽさ」の表現となるのである。また、変位の程度が大に過ぎず四分の三全音くらいで自己に拘束を与えるところに「いき」の形相因が客観化されているのである。」   


4.概念の本質分析に「学」の本義がある

 本書の「結論」において、九鬼は次のように述べる。


「「趣味」はまず体験として「味わう」ことに始まる。」


「「いき」は個々の概念契機に分析することはできるが、逆に、分析された個々の概念契機をもって「いき」の存在を構成することはできない。「媚態」といい、「意気地」といい、「諦め」といい、これらの概念は「いき」の部分ではなくて契機に過ぎない。それ故に概念的契機の集合としての「いき」と、意味体験としての「いき」との間には、越えることのできない間隙がある。」

 しかしその上で九鬼は言う。

「意味体験を概念的自覚に導くところに知的存在者の全意義が懸っている。〔中略〕意味体験と概念的認識との間に不可通約的な不尽性の存することを明らかに意識しつつ、しかもなお論理的言表の現勢化を「課題」として「無窮」に追跡するところに、まさに学の意義は存するのである。」

 どれだけある体験の本質を明るみに出したところで、それらの契機を組み合わせればその体験を再現できるというものではない。

 しかしそれでもなお、体験や概念の本質を明らかにすることにこそ、哲学の本義はあるのだ。


(苫野一徳)


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ニーグレン『アガペーとエロース』(3)


はじめに

 キリスト教における「愛」の概念の歴史を研究する本書。

 物語は、ついにアウグスティヌスからルターに至るまでの時代に突入する。

 ニーグレンによれば、キリスト教神学の超大物アウグスティヌスは、キリスト教本来の愛の概念を見誤ってしまった人だった(アウグスティヌス『神の国』のページ参照)。

 彼が提示した愛の概念、すなわち「カリタス」は、結局のところアガペー・モティフとエロース・モティフとの融合に過ぎなかった。

 彼以降、中世神学はこの融合の呪縛から逃れ得なかった。

 この呪縛を解き放ち、キリスト教の愛の概念を純粋なアガペーとしてついに描き出した人こそ、マルティン・ルターにほかならない(ルター『キリスト者の自由』のページ参照)。

 大著『アガペーとエロース』のクライマックス。


1.アウグスティヌスにおけるカリタス綜合

 キリスト教が愛の宗教であるという通念は、明らかに5世紀の偉大な神学者、アウグスティヌスの功績に負っている。 

 しかし彼の愛の概念は、キリスト教の本来のアガペーとは異なっているとニーグレンは言う。

 これまでに見てきた通り、アガペーとは神の絶対的な愛である。

 それに対して、アウグスティヌスの言う愛、すなわち「カリタス」が意味しているのは「神への愛」なのだ。


「アウグスティヌスがカリタスについて語る時、彼はいつでも第一に、神への愛を考えていることは疑いのないことだ。」

 ここにあるのは、アガペーとエロースとを融合しようという試みだ。

 しかしそれは、キリスト教においては致命的な矛盾となる。

「われわれは、アウグスティヌスの愛の見解において、大きな致命的な矛盾に出会う。彼はエロースとアガペーとの両者を同時に維持しようとした。彼はそれが相互に正反対に対立していることと、両者の間の関係はあれかこれかでなくてはならないこととに気づかなかった。」   

 それにしても、なぜアウグスティヌスはアガペーとエロースとを融合しようとしてしまったのか。

 その理由は、彼がすべての愛は「奪う愛」であると考えたところにある。

 それはつまり、愛とは基本的に自分の幸せを願っての行為であるということだ。

「アウグスティヌスに生ける哲学的関心を最初に起こした書物、キケロの『ホーテンシウス』の中で、彼は次の言葉を見つけた、「確かにわれわれはみな幸福であることをのぞむ」。この言葉は、最も頑固な懐疑論者でさえ承認しなければならない事実として、キケロの議論の中で重要な役割をしている。それは議論の余地がない。だから、哲学的討議にとって特によい出発点である。」    

 人は己の幸せのために誰かを愛する。

 しかし本当に幸せになりたいのであれば、その対象は神でなければならないのだ。

「彼は次のように言うことができた。君は君自身の幸福を望んでいるが、それは君が求める場所で見いだされることはない。キリスト教が与える幸福のみが君の必要に十全に応じる。君自身の幸福を目指すことにおいて、君は知らずしてキリスト教の方向に向いている、と。」    

 つまりカリタスとは、アウグスティヌスにとっては神を愛する「正しい愛」「秩序づけられた愛」である。

 それに対して、一般的な愛、すなわちクピディタスは、「誤った愛」「不秩序な愛」なのだ。

 とはいえ、これら二つの愛は、その作用としては同じものである。

 異なっているのはその対象だけなのだ。

「カリタスとクピディタスとの差異は、種類の差異ではなくて、対象についての差異ということである。本質的にはカリタスとクピディタス、神に対する愛と世に対する愛とは実に緊密に符合する。愛はこの世のものに向けられようとも、あるいは神と永遠に向けられようとも、いずれにしても欲求であり切望である。」    

 こうしてアウグスティヌスは、アガペー・モティフとエロース・モティフトを融合してしまった。

 要するに彼は、カリタスを神に向かう「上昇的な愛」としたことで、エロースにおける上昇的な運動をキリスト教の愛の概念に取り込んだのだ。


2.エロース・モティフの中世への移行

 アウグスティヌス以降、中世の神学は、その愛の概念に必ずエロース・モティフを含ませることになった。

 たとえば5世紀の神学者プロクロスは、プラトンとプロティヌスを継承してエロースを上昇する愛と捉えたが、それにとどまらず、神からの下降する愛としても描き出した。


「彼とともにエロースの教理は新しい局面にはいったのである。」

「エロースはその方向を変えた。それはもはやただ上昇する愛ではなくて、また主として下降する愛でもある。」


「エロースの観念は、くまなく結合されるほどにアガペーの観念に接近しているように見える。」

 あるいは5〜6世紀のシリアの神学者、偽ディオニシオスもまた、すべてのものを結合させるエロースの力を論じた。

 彼がなぜ偽ディオニシオスと呼ばれたかと言うと、パウロの弟子、アレオパゴスの裁判人ディオニシウスの名を騙って自らの著作を発表したからだ。

 今ではそれが偽物であったということがわかっているが、当時のキリスト教会に、彼の著作は大きな影響を与えることになった。

 彼もまた、エロースの重要さを力説した。

「プロクロスと同様にディオニシウスは、エロースが生起するのは神自身からであるという。それは上から存在の極限にまで流れ降って、全ての被造物を神の神秘的な力に参与することを許すが、同時にそれは全ての被造物の切望を上へと向ける。」    


3.中世における愛

 アガペー・モティフとエロース・モティフの融合は、中世においてもその通奏低音を響かせていた。

 たとえば、13世紀イタリアの偉大な神学者、トマス・アクィナスにおいても、愛はアウグスティヌスと同様、基本的に「奪う愛」だった。

 そこで彼は、これがいかに正しい愛と結びつくかを考えようとした。

 出した答えが「友愛」だ。

「しかし、そうかと言って、彼はすべての愛を、利己的なものと考えることを正しいとは考えない。われわれは二種類の愛を区別しなければならない。奪う愛と友情の愛である。カリタスは後者の種類の愛である。キリスト者は神と自分自身とその隣人とを、友情あるいは仁慈の愛をもって愛する。これが中世後期において重要な「神との友情」の教理の基礎を置くものである。」    


4.ルネサンスにおけるエロース・モティフ

 その後、ヨーロッパにはルネサンスの波が押し寄せ、古代ギリシャ・ローマの文化が再び流れ込んできたのをきっかけに、エロース・モティフが華々しく前面に躍り出ることになる。

 メディチ家の後援を受けて設立された「フローレンス・プラトン・アカデミーの指導者マルシリオ・フィチーは、人間には神が宿っていると主張した。

 この思想自体は、もちろん何の新しいものではない。

 しかしそれでも、フィチーノの思想には、ルネサンスにおけるエロース・モティフが生き生きと刻み込まれているのだ。


5.ルターの革命

 以上のように、キリスト教の愛の概念の歴史には、絶えずアガペー・モティフとエロース・モティフとの抗争や融合があった。

 しかしついに、ルターにおいて、両者の関係の問題に終止符が打たれることになる。

 ルター思想の根本は、何をおいても神中心主義である。

「宗教改革において起こった偉大な宗教革命のもつ最も深い意味は、この出来心事において神中心的な宗教が明らかにされたと言うことによって、簡単に要約されるであろう。カトリックのキリスト教に対する反対運動において、ルターは完全に一定の傾向に支配されていた。出発点として何をとっても、彼の宣義の思想、彼の愛の概念、そのほか何でも——われわれはいつも同じ事柄につれ返される——すなわち、ルターは宗教の自我中心的形態全部に反対して、神に対して純粋に神中心的な関係を主張していることである。」

 したがって愛の概念からも、エロース・モティフは徹底的に取り除かれることになる。


「中世のキリスト教解釈は一貫して上昇運動の風潮によって特徴づけられていた。」


「この上への風潮、すなわち、上昇に反対してルターは抗議した。」

 ニーグレンは次のように結論する。

「キリスト教の愛は本来、人間の愛とは全く別のものであること、またその原型は、神のアガペー以外の何物でもないことを、ルターは真剣に取っていたのである。このように、愛は自発的で他によって動かされない、底のない創造的なものである。これだけのことが語られてしまえば、ルターによってキリスト教の愛について語らるべきことは、大体において皆語りおえられたのである。」    

 ニーグレンによれば、キリスト教における愛の概念は、ルターによってついに完成を見たのだ。




(苫野一徳)



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ニーグレン『アガペーとエロース』(2)


はじめに

 前巻でアガペーとエロースの違いについて論じたニーグレンは、本第2巻および第3巻において、この2つの概念が、どのようにキリスト教の中で混合しまた分離していったかを明らかにする。

 第2巻で論じられるのは、原始キリスト教の時代から、グノーシス主義を経て、アウグスティヌスの前まで。

 そして次の第3巻では、アウグスティヌスからルターに至るまでが論じられる。


1.3つの主要類型

 まずニーグレンは、キリスト教における愛の概念には3つの主要類型があると述べる。

 1つは、旧約聖書に顕著に見られるノモス・モティフ(律法主義)。

 2つ目は、古代ギリシャの影響を受けたエロース・モティフ

 そして3つ目が、キリスト教本来の愛の概念であるアガペー・モティフである。

 ニーグレンによれば、キリスト教の歴史はこれら3つのモティフの闘争だった。

 その歴史には7つの区分を設けることができる。

 使徒後教父と護教家のノモス類型

 ②グノシス主義におけるエロー類型

 ③マルキオンにおけるアガペ類型

 ④テルトリアヌスにおけるノモス類型

 ⑤アレキサンドリア学派の神学におけるエロース類型

 ⑥エイレナイオスにおけるアガペー類型

 ⑦メトディウス、アタナシオスおよびカパドキア派の教父たちに見るような3類型の妥協

 これら7つの区分を通して、最後にルターによる最も純粋なアガペー類型が実現することになる。


2.グノーシス主義におけるエロース類型

 原始キリスト教の、旧約聖書の影響の強いノモス類型については割愛して、ここではグノーシス主義におけるエロース類型から見ていこう。

 これは1世紀に登場し、3〜4世紀にかけて勢力を振ったキリスト教の異端思想だ。ニーグレンは次のように言う。


「グノーシス主義は、古代後期の宗教混合主義の中にキリスト教をまきぞえにして、それを一般的類型のギリシャ−東方密儀宗教に変形しようとする不幸な企てであった。」

 グノーシスとは、古代ギリシア語で「知識」を意味する言葉だ。

「グノーシスとは、「われわれは誰か、またわれわれは何になったのか、われわれはどこから来たか、またどこへ行くのか、われわれはどこに急ぎゆき、どこから贖われるのか、われわれの誕生は何か、われわれの再生は何なのか」ということについての知識である。」    

 根本思想は、いと高き精神的な世界と、低い肉体的世界の二元論的世界観である。

 人間は、本来いと高き霊的存在であったが、今は肉体の世界に閉じ込められている。

 それゆえ私たちは、生まれ故郷の精神的世界へと帰る必要がある。

 そのために必要なのがグノーシス(知識)だというわけだ。

 グノーシスは、次の2つの問いに答えられて初めて知識になることができる。。

「第一に、絶対に超越し善である神が、どうしてとのように邪悪な不純な世界を創造することが出来たのか、第二に、われわれは、如何にしてこの世界から自身を解放し神の生命に達することが出来るのか」    

 第1の問いについては次のような答えが用意された。

「最高の神は物質の世界に責任がない。より下級の、創造主なる神すなわちデミウルゴスが、この世の神である。」    

 グノーシス主義は、天地を創造した神を次元の低い神デミウルゴスとし、その上にさらに絶対的な神をおくのだ。

 第2の問いについての答えは次のようだ。

「救いとは、人間の霊が感覚的な物質的な世界から離脱して、神が下降の際に跋渉したのと同じ段階をその上昇に際して通過しながら、より高い世界に帰るという、このことにあるのだ。」

 肉体世界を離脱して霊的世界に舞い戻ること。これがグノーシス主義による救いの本質なのだ。

 とすると、ここに2つの具体的な救いの道が現れることになる。

 1つは、肉体的な世界の快楽を禁止する禁欲主義

 もう1つは、逆にこの肉体世界を軽視する道徳無用論である。

 ニーグレンは、この道徳無用論こそ、キリスト教の歴史における最も暗黒な部分であったと論じる。

「これは、キリスト教の愛の観念の歴史全体において最も暗黒な点である。グノーシス、主義において、キリスト教のアガペーは、古代後期の混合主義の渦巻の中に引き入れられ、宗教史上最も低いまた最も厩わしい祭式形態と関係させられた。それは、エロースに変形され、卑俗なエロースに変えられたばかりでなく、エロースの最も低い形態そのものに変えられたのであった。フィビオナイト派とよぶグノーシス派の分派の儀式に自ら出席したエピファニスは、これを次のように述べている。儀式は豪奢な食事ではじまる。そこでは貧しい者でさえ肉を暴食し、葡萄酒を暴飲する。彼らはこのように興奮状態をつくった後、「夫は、妻の側の席を離れてその妻に言う、『起きあがって兄弟とアガペーを行え』と。そして恥知らずの者たちは、互に結びあう」。ヒッポリュトスは、シモニスト派について次のように記している。「彼らは言う、『全地は地である、だから蒔きさえすれば、どこに蒔とうと差異はない』と。そして彼らは、見知らぬ婦人との肉の交わりを喜び、これが、完全なアガペーだと主張する」。」    

 道徳無用論は性的解放を生み出し、そしてあろうことか、この低俗なエロースこそアガペーであると主張するようになったのだ。


3.マルキオンにおけるアガペー類型

 このようなグノーシス主義のエロース・モティフを激しく批判し、アガペー類型を復活させたのが2世紀のマルキオンだった。

 彼は、人間に神性が備わっていると言うグノーシス主義を批判し、神の世界に舞い戻るという救いのあり方を否定した。

 救いは、ただ神の恩寵としてのアガペーによってのみ可能なのだ。

 しかしマルキオンは行き過ぎてしまった。

 彼は、人間は神の被造物ですらないとまで主張してしまったのだ。

「というのは、そうであれば、神は神の御手の業に気をくばる義務があるからだ。 」

 神は、人間と全く関係がないにもかかわらず、人間をその愛によって救ってくださる。そうマルキオンは主張するのだ。

 しかしこのことが、後に彼を異端の筆頭たらしめることになってしまった。

 神は天地創造に何ら関わっていないとすることは、結局のところ、グノーシス主義の思想と通ずるものであったからだ。


「アリウス以前の異端にして、マルキオンのように全般的な論駁の対象になった者はほとんどなかった。」

 「このように、マルキオンが異端の大頭目となったことは、キリスト教の愛の観念の後世の歴史にとって大きな損害であった。」

 
4.テルトリアヌスにおけるノモス類型

 続いて、2世紀のラテン教父の一人、テルトリアヌスのノモス類型について。

 彼は堂々とアガペー類型を批判した。

 なぜならそれは、あまりにも不合理であるからだ。

 汝の敵を愛せというアガペーの教えは、彼が最も重視する「理性」(ratio)に反するものだったのだ。

 彼によれば、神に愛されるためにはそれに値する存在でなければならない。彼にとって、愛とは律法的なものにほかならないのだ。


「神は、全く人間の功績を無視し得ない。神は、それに価しなかった人たちを罰することは出来ないし、あるいは、罪をおかした人たちを咎めずにおくことも出来ない。このようにして、律法は救いの正当な道である。」

 しかしこのことが、キリスト教の歴史における不幸な伝統になってしまったとニーグレンは言う。

「テルトリアヌスにおいて、ノモスは、キリスト教史上、他のどこにもないような具体的形態をとった。見出され得るアガペー・モティフのあの残滓は、律法主義の機構の中へはめこまれて無力にされてしまった。キリスト教は、徹底的に律法の宗教に変形せらてしまったのだ。」


5.アレキサンドリア学派の神学におけるエロース類型

 3〜5世紀になると、ヘレニズムやユダヤ教、また新プラトン主義の影響を受けたアレキサンドリア学派が影響力を持った。

「アレキサンドリアは、当時の世界的交通の大交叉点であったのみではなく、また、古代後期の精神的な首都であって、そこでは、区々の化の流れが輻輳し、合流したのであった。なかんづくそれは宗教的混合主義の本場であった。〔中略〕アレキサンドリアはまた、大いに哲学的混合主義の本場でもあった。それぞれの学派の間の区別は、徐々に明瞭さを減じて来た。すなわち、プラトンとか、アリストテレスとかストア哲学とか新ピタゴラス主義その他は、時代の折衷哲学のために寄与したのである。同時に、哲学と宗教との間の区別は、ますますおぼろとなった。」    

 2世紀のギリシャ教父クレメンスに、この混合主義の思想は顕著に見られる。

 彼は、ユダヤ教やギリシャ哲学は、キリスト教に至る準備段階だと主張したのだ。

 3世紀のオリゲネスは、この混合主義をさらに体系的に論じた。

 彼は、アガペーとエロースとを何と高度に融合してしまったのだ。

 彼の「雅歌」解釈に、それは顕著に見られる。

「オリゲネスは、聖書がエロースという語を避けていることを知っていた。このことは正当な理由をもっている。この語の含む意味は、普通の用法では、単純な大衆が必然的にそれを誤解して「俗的なエロース」を指すものとするだろうというようなものである。このような誤解を防ぐために、まぎらわしくない語、「アガペー」を選んでいる。しかしながら、このような配慮は、すべて単純なキリスト者(シンプリキオレス、すなわちイディオータイ)の場合においてのみ重要である。他方、雅歌は、完全者すなわちグノーシス保持者のために記されたものである。だからこそ、注意さるべきは、聖書がこの語を避けているとはいえ、それはエロースの事実を否認しようとするのではなくて、極めて容易にあらわれる誤解に対してエロースを保護しようとするにすぎないということである。」    

 ニーグレンは言う。

「このように、オリゲネスにおいて、キリスト教の愛の観念の歴史上初めて、われわれは、キリスト教の愛の見解とギリシャ的愛の見解との真正の綜合を見るのである。後世のこのような綜合の企てで、オリゲネス以上に出たものは一つとしてなかった。アウグスティヌスのカリタス綜合でさえ、これを越えなかった。」

 にもかかわらず、キリスト教において歴史に残ったアガペーとエロースの綜合は、オリゲネスではなくアウグスティヌスだった。

 オリゲネスの思想は、異端的なものをあまりに含みすぎていたのだ。


6.エイレナイオスにおけるアガペー類型

 アレキサンドリア学派がエロース類型を主張したのに対して、2世紀の教父エイレナイオスはアガペー類型を主張した典型的な人物である。

 彼が徹底的に批判したのは、やはりグノーシス主義の思想であった。

「エイレナイオスとグノーシス主義者とは、二つの正反対の概念、二つの別々の救いの道をもっていた。グノーシス主義は神に至る霊魂の上昇を教え、エイレナイオスは失われた人類に至る神の下降を教える。グノーシス主義は、結局自力による救いを教え、エイレナイオスは、救いが全体として神の業であることを教える。グノーシス主義における救いの道はエロースの道であり、エイレナイオスにおけるそれはアガペーの道である。」




(苫野一徳)


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