トッド『移民の運命―同化か隔離か』


はじめに


 フランスを代表する人口学者、歴史学者、家族人類学者、エマニュエル・トッド。

 今日最も大胆かつ壮大な、世界説明のための大理論を提唱している学者と言っていいだろう。


 トッドが30代にして明らかにした理論、それは、わたしたちのイデオロギーは、わたしたちが生まれ育った国や地域の「家族システム」に規定されている、というものだった(詳細はトッド『世界の多様性』のページを参照)。


 この理論に基づいて、トッドは、今日(本書の出版は1994年)の西欧諸国における移民の運命について論じる。


 同化か、隔離か。


 移民の運命は、受け入れ国の家族システム(後述するように、トッドはこれをさらに広く人類学的システムとして規定し直す)によっているのだ。


 20年以上が経った今も、トッドの分析はかなり正確なものと言っていいだろう。


 以下では、本書に関係のある範囲で、トッド理論の要諦をあらかじめ述べておくことにしたいと思う。


 ここでわたしたちのイデオロギーと言うのは、端的には「自由」「平等」についての考え方のことだ。


 トッドによれば、これは親との関係、および兄弟姉妹との関係によって規定されている。


 たとえば、ドイツや日本の家族システムは「直系家族」と呼ばれる。


 これは、父親が偉くて兄弟は不平等というシステムだ。


 ここで言う不平等の指標は、遺産相続が長子相続であるという点にある。


 このような家族システムにおいては、「自由」と「平等」のイデオロギーは育まれない。逆に言うと、直系家族の社会においては、無意識裡に、権威主義的で不平等な社会を心地よく思う傾向がある。


 それと対照的なのが、パリ盆地などに見られる「平等主義家族」だ。

 これは、親は別に偉くはなく、兄弟姉妹も平等なシステムだ。


 ここにおいては、「自由」と「平等」のイデオロギーが高度に発達する。フランス革命を生んだパリは、もともとこの「自由」と「平等」のイデオロギーに慣れ親しんだ地域だったのだと言える。


 アメリカやイングランドなどは、「絶対核家族」と呼ばれる。


 これは、親は別に偉くなく、また兄弟姉妹は必ずしも平等ではないというシステムだ。


 ここにおいては、「自由」のイデオロギーは高度に発達するが、人びとは必ずしも平等ではないと考えられる。


 以上、3つの家族システムを前もって把握しておけば、本書の解読はずいぶんと楽になる。


 本書でトッドは、移民が同化しているか隔離されているかを測る指標として、受け入れ側の国民と移民との婚姻率など、さまざまな統計データを利用している。

 しかしここではそうした細かなデータにはあまり立ち入らず、トッド理論の要諦だけを紹介することにしたい。


1.受け入れ社会の全能


 本書を始めるに当たって、トッドはまず「受け入れ社会の全能」という仮説を提示する。


 これは、それぞれの移民は、受け入れ社会の家族システムによって規定された「同化」か「分離」かという価値観にさらされ、これを押しつけられることになるという法則だ。


「比較分析を行なうなら、発達した社会のそれぞれが、移民文化の客観的内容の如何に拘わらず、己れ自身の民族間関係観を押しつけ、己れに好都合な同化ないし分離という解決を押しつける能力があることが明らかになる。したがって受け入れ社会の全能の原則という仮説を立てる必要があるのである。」    


 この仮説は、以下の諸章で存分に論証されていくことになる。



2.普遍主義


 続いてトッドが提示する概念が、「普遍主義」「差異主義」だ。


 普遍主義とは、端的に言えば「人間はみな同じ」というイデオロギーのこと。このイデオロギーにおいては、移民は「同じ市民」として平等に扱われることになる。


 対して「差異主義」は、「人間はそれぞれ違うもの」というイデオロギーのことを言う。このイデオロギーにおいては、移民は多かれ少なかれ異質なものとして認識されることになる。


 普遍主義は、歴史的に言えば古代ローマに顕著に見られる。


「ローマは市民権を次第に拡大して行ったが、それはやがて西暦二二一年、帝国内のすべての自由民にローマ市民の権利を認めるカラカラ帝の勅令に到達することになる。」


 スペインポルトガルの、イベリア的普遍主義も普遍主義の1つの典型だ。


「アメリカ大陸の発見と、一四九二年までは人類のリストに加えられていなかったインディアンの発見は、スペインないしポルトガルのイベリア的普遍主義の存在を明るみに出すことになった。カトリック教会は、長い論争ののちに、新世界のインディアンにも魂があると宣言した。この確認が出たからといって、コンキスタドール〔新大陸の征服者〕たちが相変わらず多数のインディアンを虐殺し、その生き残りを搾取し続けたことに変わりはないが、それでもこれによって彼らは現地人の妾から生まれた子供を認知し、育てることができるようになった。」    


 トッドが高く評価するのは、母国フランスの普遍主義だ。


「フランス大革命はヨーロッパにおける普遍主義のもうひとつの主要な契機であり、絶対的な普遍的人間の観念に到達した。自由にして平等なフランス市民とは、全世界を覆うことが約束された人間という種の典型に他ならない。」    


 ロシア共産主義もまた、普遍主義の1つのあり方だ。


「この概念を構想した者たちの考えでは、ソヴィエト的人間の隷属状態は、出自の区別なく、万人に約束されている。」    


 中国もまた、1つの普遍主義であると言っていい。


「「生の」蛮人は中国文明によって「煮炊きされ」なければならない。このような意識的同化主義によって、大帝国の出現が可能となった。」    


 イスラムもまた、その普遍主義が顕著に見られるものである。


「マホメットの宗教は、キリストのそれと同じほど確実に普遍的な人間の本質に対する先験的な確信に支えられている。これあるが故にいかなる個人も改宗によってイスラム教徒の資格を獲得することができる。」    


 以上見てきた普遍主義は、大きく2つのタイプに分けることができる。


 1つは、父系的共同体型の普遍主義。


 普遍主義とは言っても、そこには偉い父親がいて、その子どもたちは皆平等である、とするイデオロギーだ。ローマ、ロシア、中国、アラブがこれに当たる。


 もう1つは、平等主義的核家族の普遍主義。


 ここには父親の権威もなく、万人は平等な存在として考えられている。パリ、カスティリャ、アンダルシアなどがこれに当たる。    



3.差異主義


 続いてトッドは、8つの差異主義を挙げる。


 1つめは、古代ギリシア


「紀元前四五一年より、アテナイの市民になれるのは、両親ともにアテナイ人である者に限られることとなった。」    


 2つめはドイツだ。


「あらゆる時代を通じて、ドイツの暗黙の差異主義は、同化という観念への敵意によって顕現している。」    


 その最大の現象を、トッドはルターによる宗教改革とナチスによるユダヤ人虐殺に見る。


 ルターがカトリックのローマの権力に対する闘争を開始したのは、「ドイツ国民のキリスト教貴族に告ぐ」によってだった。


 宗教改革は、当初からドイツ的特殊性を主張するものとして始まったのだ。


 ユダヤ人虐殺については、またあとで詳論することにしよう。


 3つめの差異主義の代表は、日本だ。


 日本もまた、異質な他者を同じ人間とは認識しない。そしてこの傾向は、島国であることによって、さらに強化されているとトッドは言う。


 また、日本には万世一系の天皇という思想があり、これが日本の差異主義の大きな特徴にもなっている。つまり、天皇が治める国の民である「われわれ」と、そうでない「彼ら」とを差別する差異主義である。


「皇帝は打倒されてはならず、家系は途絶えてはならない。国民は国家=家族を中心に融合し、一つの共通の意志にならねばならず、孝心と忠誠の理想を中心として一つにならなければならない。この構造は日本独自のものであり、世界に無比のものである。」    


 4つめの差異主義の代表は、バスク民族だ。


「バスク民族は、カスティリャ的普遍主義に抗して、民族としてのアイデンティティーを維持している。 」   


 5つめはイングランド


 イングランドに特徴的なのは、移民を異質な他者として名指す以前に、階級によって国内に差異が作り出されていた点にある。


 6つめはインドのカースト制度


 これは差異主義の極限であると言える。ただし興味深いことに、インドは、内部では大いなる差異を作り出すものの、ドイツや日本のように、対外的に自らの優位性を主張することはない。


 7つめは、インド北部、パンジャブのシーク教徒


「シーク教はほぼ十六世紀に始まる新しい宗教で、一神教を称し、理論上はカースト制度を排斥する。しかし職業上の差異化を拒否する一方で、極めて強力な民族的・宗教的分離主義を唱える。」


 8つめは、ユダヤ人


 選民思想もまた、差異主義の極限である。しかし興味深いことに、ユダヤ人もまた、ドイツ人や日本人のように自らの優越性を主張すると言うよりは、むしろ自分たちは迫害された存在であると主張する。


 しかしまたその一方で、聖書に系統図が延々と書かれていることから分かるように、ユダヤでは日本の天皇思想のような血統の思想が重んぜられている。


 以上の差異主義にも、大きく2つのパターンがある。


 1つは、明碓に不平等主義的な差異主義。これは、人にはただ差異があるだけでなく、序列(不平等)があるとするイデオロギーだ。ドイツ、日本、バスク民族がこれに当たる。自分たちを頂点にして他民族を下位に置くことから、これは一極集中型の差異主義と言うこともできる。


 もう1つは、非平等主義的な差異主義。これは、諸民族は不平等と言うより単に「差異」があるとするイデオロギーだ。一極集中なき差異主義と言ってもいい。イングランドやアメリカなど、アングロサクソン諸国がこれに当たる。


 トッドによれば、以上見てきた普遍主義と差異主義のイデオロギーのうち、どのイデオロギーを抱くかは、わたしたちが生まれ落ちた場所の「家族システム」によって規定されいてる。したがってこれは、「先験的な形而上学的確信」とも言うべきものなのだとトッドは主張する。



4.家族システムから人類学システムへ


 しかしそうなると、わたしたちの家族システムが変わっていけば、そのイデオロギーも変わっていくということだろうか?


 トッドはこれに、さしあたって「ノー」と言う。


 確かに、工業化以降、わたしたちの家族システムはずいぶんと変化してきた。


 相続すべき農地がなくなれば、土地の相続ということが意味をなさなくなる。それに加えて、子どもの数の減少に伴って、遺産相続が平等か不平等かということも意味をなさなくなる。


 こうして、兄弟間の不平等あるいは平等ということが意味をなさなくなるならば、これを源泉にして育まれてきた差異主義か普遍主義かというイデオロギーも、いずれは意味をなさなくなると考えられる。


 しかしトッドは言う。


「平等あるいは不平等の価値観の家族による教え込みは、遺産相続という具体的問から独立している。この問題自体、経済生活から独立した価値観の個別的適用ポイントにすぎない。〔中略〕家族は平等あるいは不平等――それも単に具体的な兄弟のそれではなく、兄弟般、子供一般、人間一般の――の観念を子供たちに伝え続けるさらにこの子供たちへの伝達はもっぱら両親のみの事業であると考えるには及ばない定の地域の中で、すべての成人――両親、伯叔父や祖父母隣人、教師――が、もちろん程度の差はあれ、基本的価値観の教え込みに参加する定の地域の中での人間関係の総体に他ならない類学的システムが、価値観の伝達において包括的な役割を果たすのである家族システムはそうした人類学的システムの構成要素の一つ、その中核にすぎない。」


 これまでのトッド理論においては、家族システムがその中核をなしていた。しかし本書において、トッドはむしろ、家族システムをも包括する「人類学的システム」の重要性を主張するのだ。


 それはつまり、家族システム、教育システム、社会システムなどの総合体である。私たちのイデオロギーは、家族システムを中心にしながらも、それ以外の契機によっても形作られているのだ。


 なぜそのように言うことができるのだろうか?


 西欧諸国における「移民の運命」をつぶさに見れば、その理由は明らかになる。



5.アメリカの差異主義


 トッドがまず考察するのは、アメリカの差異主義だ。


 アメリカは、自由ではあるが平等ではない。


 その最も顕著な例が、黒人差別である。


 アメリカ人は、黒人という「差異」を明確に残すことで、それ以外の民族の表面的平等を成し遂げたのだ。


 トッドは言う。


類学的分析を施したところ、導きだされた結論というのは、人種的偏執はアメリカ民主主義が完成に達していないために残っている不備なのではということであるこの解釈を以てすればアメリカ民主主義のいくつかの独特の特徴、とくにそれが経済的不平等を受容している点を理解することが可能となる    


 アメリカの黒人差別も経済的不平等も、ただ単純に民主主義の未成熟のゆえと言うわけにはいかない。それはむしろ、人類学的宿命とでも言うべきものなのだ。


 もちろん、黒人差別問題は、良識ある多くの人によってその解決が模索されてきた。


 しかし何をやっても、アメリカはその強力な差異主義によってそれらの模索を打ちのめしてきた。



「強制バス通学制度は、バスによって一部の黒人の子供を隣接する白人学校区へ移送することによって、児童を混ぜ合わせるはずのものであった。〔中略〕同様に、職業分野あるいは高等教育における黒人のハンディキャップを縮小しようとするアファーマティヴ・アクションは、住民多数から十全に承認を得るにいたらなかったが、まず公共企業、次いで連邦政府関連の私企業に、そしてついには純粋な私企業の多くで広く実行に移されたのである。社会が人種分離のメカニズムを除去するために行なう意識的な企てとしては、これ以上決然たるものを想像することはできない。」

「これに対する差異主義的無意識の対抗動員もこれに劣るものではなかった。〔中略〕数百万の白人家庭が、自分たちの住む区域に黒人家族が居住するようになれば、いつでも引越しをするつもりでおり、いくら金がかかっても子供に公立学校をやめさせる心積りでいることを想像しなければならない。こうした無数の家族の決意の総計が、都市の中心部が白人に放棄され、黒人ゲットーと化すというアメリカの都市の内爆の原因となっているのである。」

 トッドは、差別撤廃の「良心的」な運動が、実はかえって黒人たちを「狂気」に追いやっているのだとさえ言う。


お前は人間ではないと言う社会が行なう隔離は、気分の良い経験としては体験されないというだけで済むかも知れないしかしお前は人間だと絶えず言明し続ける社会によって隔離されたなら論理的には狂気に追い込まれるはずである。    


 トッドはさらに、60年代からアングロ・サクソン世界において隆盛を極めた「多文化主義」を批判する。異文化を尊重する「多文化主義」はいいものだと長らく思ってきた、多くのアメリカ人や日本人にとっては目から鱗の指摘だろう。


 トッドは、「多文化主義」とは、とどのつまりが「差異」の存続を願うイデオロギーであると言うのだ。


「差異の存続を願う新世界にとって、差異の縮小は罪となるのである。アメリカはこの多文化主義のイデオロギを輸出するこれをアメリカの大学人は一九六年代半ばから、時には大ブリテンあるいはオストラリアの同僚たちと協同で、素朴な、そしておそらく災害のような熱狂をこめて、世界中に広めて行く日本あるいはドイツは直系家族型社会であり、その差異主義的な気質は後の章で見るように社会体の単性を強烈に願うことの妨げとはなっていないために、アメリカの多文化主義大人から叱責を受けることになるドイツに対してはトルコ人の自律的文化の発展を受け入れるよう勧告がなされ、日本に対しては在日コリアンあるいは北海道の先住民であるアイヌ民族を同化しているとの非難がなされる    


 この多文化主義の風潮のもとに生まれたのが、黒人自らによる、黒人の特殊性を主張する運動である。


一九六五年から一九六八年にかけて都市部で発生した暴動は転機を画すもので、黒人の特殊性を主張するグル、リーダーそしてテーマが出現する。ブラック・パワ、ブラックパンサ党、「ブラックイズビューティフル」この三つは黒人の差異主義が早くも出現したことを示す例である    


「イデオローグたちは、芸術の、武器の、掟の母たるアフリカの神話化された歴史を再構築する。エジプトは黒人国に分類し直され、西アフリカの諸帝国は世界史の中で主要な強固に変貌させられる。「黒人」教育を研究する心理学者の中には、アフリカ系アメリカ人の有する特別な能力を生かすことができる学校教育のカリキュラムが必要であると主張する者もいる。黒人知識人たちが、一八八〇年から一九四五年までの間、ヨーロッパ人による人種理論の中核そのものをなしていた、生物学的基底と心的素質とは関連ありとするあの古くさい説を自らのものとして主張しているのは、何かしらぞっとする光景である。」    


 差別された黒人たちは、「自分も同じ人間である」と主張するよりも、「自分たちこそがすぐれているのだ」というイデオロギーを掲げるようになったのだ。


 これこそ、先述した「受け入れ社会の全能」の最大の例にほかならない。


「結局のところ彼らは、支配的な人類学的イデオロギー的システムによって押し付けられたゲムをしているのにすぎない。」    



6.イングランドの差異主義


 続いて、イングランドについて。


 先述したように、イングランドには移民が大量に流入してくる前から階級による差異があった。


 そのような社会に移民がやって来るとどうなるか。


「人種の差異主義と階級の差異主義が張り合っても、普遍主義には到達しない白人女性と結婚した黒人男性は、イングランド社会一般に参入するのではなく、その中の最下層に入るのである。    



7.ドイツの差異主義


 続いて、ドイツの不平等的な差異主義について。


 アメリカやイングランドは、不平等と言うよりは、むしろ非平等の差異主義だった。


 しかしドイツにおいては、諸民族は明確に「不平等」であると考えられる。


 トッドは言う。


このような基盤は、当然代議制民主主義の出現を招来することはない。強力な権威という価値を含む人類学的システムにおいては、イデオロギー活動への大衆の参加はむしろ、プロテスタント改革の際には神への服従という、その後のドイツの歴史の中では国家への服従とう理想の再確認を招来する 」   


直系家族型集団の成員は、外部の集団を異なるものと知覚することによって、初めて互いに平等であると定義し直されるのである。このメカニズムはアメリカの場合と同じであるが、はるかに緊張度の高いレベルで機能する。これによって乗り越えられなければならないのは、市民の非平等〔単に平等ではないということ。平等への無頓着〕ではなく、臣民の不平等なのである。したがって外部のものとみなされた集団は、単に異なるのではなく、劣ったものとはっきり定義されることになる。    


 直系家族システムのドイツにおいては、選ばれた民族とそうでない民族との間に、明確な不平等が存在するとされるのだ。


 さらにここにおいては、「差異」は単なる外見上のものだけでなく、内面的なものにまで見出されることになる。


「例えばとくに不吉なものとみなされるユダヤ的本質といったような、目に見えない差異を突き止めるのである。」    


 この差異主義が行きつくところまで行けば、劣った民族の殲滅という思想が生まれる。


「直系家族型システムにおいては、単一性を志向する緊張が危機の雰囲気によって強調される時、差異の証人とされた民族の運命は、追放、あるいは絶滅となる可能性さえある。 」   


 これは、今日の「移民の運命」を見てもはっきり分かる傾向だ。


 今日、ドイツにおいて異質なものと名指されているのはトルコ人である。


 ドイツ人の目には、彼らのイスラム教こそが最大の「差異」として映ったのである。


 しかしトルコは、本来イスラム諸国において最も非宗教的な民族だ。にもかかわらず、トルコ人はドイツにおいてイスラム原理主義の温床となっていく。


 ここにもまた、「受け入れ社会の全能」を見ることができる。


 ドイツの差異主義を、トルコ人移民たちは独自の仕方で自分たちのものにしてしまったのだ。



8.フランスの普遍主義


 続いて、フランスについて。


 フランス大革命の地フランスは、普遍主義の国である。


 しかし実を言うと、この国には、普遍主義のパリを囲むようにして、差異主義の地域が存在している。


「非平等主義的な周辺部フランスの主要領域は、かつてのオック語地方から海岸部を除いたものとローヌ・アルプ地域圏の大部分であるが、西部と北の先端部と東部にもいくつかの牙城が存在する。ブルターニュ、アンジュー、ヴァンデ、コー地方、ポンチュー(ピカルディーの海岸部)、アルトワとフランドルの一部、アルザス、フランシュ・コンテの山岳部が、平等主義的パリ盆地を取り囲む、不平等主義的ベルト地帯をなしているわけである。」    


 したがって、フランスは、この差異主義と平等主義との拮抗の地として存在しているのだ。


 これは逆に言うと、フランスは、その周辺地域の差異主義が存在するために、中央の普遍主義が特に際立っているということでもある。


 ではこの普遍主義の国フランスでは、移民はどのように扱われてきたのだろうか?


 その前に差異主義の国イングランドを見てみると、ここでは1900年頃から反ユダヤ主義が勃興した。そこでユダヤ人は、シオニスト宣言を行い、パレスチナにユダヤ国家を再建する道へと向かうようになる。


 もう一つの差異主義の国アメリカでも、ユダヤ人たちはイスラエルへの忠誠を示す必要があった。


 イングランドでもアメリカでも、ユダヤ人たちは支配文化に対する自分たちの「差異」を強調しなければならなかったのだ。


「アングロ・サクソン的環境においては吸収される集団はしたがって自分の差異を改めて主張しなければならない。そうしなければ受け入れ社会が安心しないのだ。」    


 しかしパリにおいては事情は違った。


 ナチスによるユダヤ人虐殺が行われる中、ヨーロッパ各地ではユダヤ人の人口減少が長期間にわたって続いたが、フランスではそのようなことは起こらなかったのだ。


 もっとも、19世紀末のドレフュス事件と、1940〜1944年のヴィシー体制は、フランスにおける反ユダヤ主義が吹き荒れた暗い時期である。


 しかしトッドは言う。


「ドレフュス事件は一八九七年十月から一八九九年九月までの絶頂局面において、フランス差異主義の地理的分布をあからさまにする。あらゆる資料と証言が一致して、周辺部のカトリック教が当時反ユダヤ主義の主たる基盤をなしていたことを証明している。」    


 ドレフュス事件における反ユダヤ主義の基盤は、差異主義の色濃い、フランスの周辺地域だったのだ。


 一方のヴィシー体制による反ユダヤ主義も、パリの普遍主義がドイツ的差異主義に押された結果であると言う。


「ドイツ軍がまずフランスの国土の一部、次いで全部を占領したことによって、フランス・システムの二つの人類学的成分の間の力関係はもちろん差異主義の方に有利に変化することになる。」    


 したがって、これら2つの事件を、フランスの普遍主義の敗北と見る必要はない。それはあくまで一時的なものであり、フランスではその後、必ず普遍主義が息を吹き返してきた。トッドはそのように主張する。


 しかし、フランス普遍主義には1つの大きな問題がある。


 この普遍主義は、人間を皆平等と考えるが、だからこそ、この思想に極度に反した人びとに対しては、同じ人間と見なさい傾向があるのだ。


 その典型例が、フランスの植民地アルジェリアで起こった反ユダヤ主義である。


「これを分析することは、平等主義的個人主義型の普遍主義というものの持つ暗面をわれわれに突き付けることになるフランス普遍主義はその目に付く差異の故に人類学的に言って最低限の共通基盤を外れていると思われる集団に直面た時は暴力的に反応するのである    


「攻撃的でさえも平等主義的個人主義は、相手の無意識の中に劣性の観念をたたき込むにいたらない。どうしても相手を対等平等な者と扱ってしまい、その自信と抵抗能力を搔き立てることになってしまう。〔中略〕それゆえフランスはハイチで、ヴェトナムで、アルジェリアで、まことに苛烈な独立戦争に直面せざるを得なかっ    


 しかしこのアルジェリアでの反ユダヤ主義もまた、過渡的なものだったのだとトッドは言う。



9.誤った自覚


 今日(1994年時点)もまた、フランスには移民排斥的な極右政党「国民戦線」が猛威を振るっている。


 その支持母体もまた、フランス周辺地域の直系家族だ。


 しかしフランスは、これまでこの直系家族の差異主義に抗して、普遍主義が勝利を収める歴史を歩んできた。


 だからフランスの普遍主義はもう終わったなどという「誤った自覚」を持つのはやめにしよう。トッドはそう主張する。


フランスが存在するということ、そして移民の将来とは多数派の習俗に同調することでしかあり得ないということを、堂々と言い切ることができないからこそ、受け入れ住民の不安が掻きたてられるのだ支配的な人類学的システムは、フランス本国内に個人主義と平等主義を基盤とする国民共同体に賛同しない集団が確立されるのを許すような移民現象に反対する。    


 しかし本書から約20年、トッドはこのフランスの希望に、暗雲がたれ込め始めていることを指摘するようになる。

 今巻き起こりつつある、フランスにおけるデモクラシーの危機。これはもしかしたら、近代化が進展したことで起こりつつある、「人類学的移行」であるのかもしれない、と(トッド『デモクラシー以後』のページ参照)。

 しかしさらにその後のル・ブラーズとの共著『不均衡という病』では、1980年から2010年のフランスを詳細に検討した上で、「その深層部において、フランスはそれほど具合が悪くない」と結論づけることになる。

 平等主義的な人類学的システムは、今も強固にフランスに根付いているのだ。トッドは今のところ、そのような結論に達している。

 ヨーロッパの、そして世界の未来はどうなっていくのか。

 トッドの探究は続く。




(苫野一徳)

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