ゾンバルト『恋愛と贅沢と資本主義』


はじめに


 資本主義を生み出した最大の要因は、ヨーロッパの宮廷における「奢侈」である。そしてその動機は、宮廷内の「非合法的恋愛」にあった。

 これが本書におけるゾンバルトの主張だ。

 要するに、ヨーロッパの大金持ち貴族たちが、愛妾たちに貢ぐためにさまざまな奢侈品を購入し、これを扱う商人たちが潤って、彼らが資本家へと発展していったとゾンバルトは言うわけだ。

 現代では、このゾンバルト説は多くの研究者によって否定されている。

 たとえば、現代アメリカの歴史学者ポメランツは、当時のヨーロッパ程度の奢侈なら、中国や日本にもあったと言って、ゾンバルト説を一笑に付している(ポメランツ『大分岐』のページ参照)。

 ポメランツによれば、ヨーロッパに資本主義が勃興した最大の理由は、端的に石炭、原材料、貴金属をヨーロッパが獲得できたことにあるのだ。

 私も、ゾンバルトの奢侈説にはやや無理があるように思われる。

 しかしそれでもなお、本書を読めば、それが資本主義の一翼を担ったのは間違いないのではないかと思わされる。

 それにしても、従来の資本主義起源説は、やや単一起源説に傾きすぎなのではないかと私は思う。

 よく知られているように、マックス・ヴェーバーは、プロテスタンティズムの禁欲精神が資本主義の土台になったと言う(ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』のページ参照。もっとも、この説も現代ではかなり否定されている。たとえばブローデル『交換のはたらき(2)』のページを参照。本書ではゾンバルトも批判されている)。

 ブローデルによれば、資本主義の根本要因は「特権階級」の登場にある。

 ポメランツによれば、それは石炭、原材料、貴金属。

 しかし、これらのどれが決定的な第一要因かと問うのには、あまり意味がないのではないかと私は思う。

 それぞれがそれぞれに、相互作用を起こして資本主義が発展したはずなのだ。

 それはともあれ、本書は、読み物としても超一級の面白さを誇る名著だと思う。話の展開、文章の見事さ、どれをとっても非常に読み応えがある。

 以下、本書の骨格を紹介していこう。


1.宮廷

 ゾンバルトによれば、「近代的宮廷」のはじまりはフランスのアヴィニョン宮廷だった。

 近代的宮廷の最大の特徴、それは、宮廷に奉仕する「貴族」と「美女」たちの存在にある。

「おそらくフランスのアヴィニョンが最初の近代的宮廷であったろう。なぜならこの宮廷に、その後の数世紀、宮廷社会と呼ばれるものを形づくり、その社会に基調を与える二群の人々が顔をそろえたからである。その一群は、宮廷の利益に奉仕する以外なんの職ももたぬ貴族たち、他一群は美女たちである。」 

 その創始者は、フランソワ一世(1494〜1547)。

 彼のあとを、偉大なルイ諸王たちが継ぐことになる。


2.新貴族の登場

 ところで、中世初期には「富裕な市民」などというものは存在しなかった。

 金持ちと言えば、大地主としての貴族のみ。

 ところが、中世末期頃から「富裕な市民」が登場し始める。

 1314世紀イタリア、1516世紀ドイツ、17世紀フランス、イギリスにおいて、大商人たちが現れるのだ。

 彼ら新興成金は、やがて「新貴族」になっていく。

「一六〇〇年から一八〇〇年にいたる二〇〇年間に、まったく新しい社会層が生まれた。そしてこの社会層の中核は新興成金であったが、その外皮は、当初はいぜんとして封建的生活様式を保っていた。換言すれば、新興成金の大部分が貴族に列せられたということだ。」

「他方では、古い名門の貴族の一部は彼らの家族に往時の輝きを与えるために新興成金層の前に身を屈し、結婚という方法を通じ、必要不可欠な何百万という金を入手するようになった」 

 たとえばイギリスでは、バラ戦争によって古い家柄は29にまで減ってしまった。

 そこで、戦後政権を掌握したテューダー王朝は、まず彼らの権力と富を復活させ、恩を売ることによって政権を盤石なものとした。

 さらに、ヘンリー七世ヘンリー八世は、それまで貴族ではなかったジェントリーたちを多く新貴族に取り立てた。ジェームズ一世にいたっては、貴族の称号を売り出しさえした。

ナイトの位階が買えるというならわしは(一〇九五ポンド払えばよい)ジェムズ一世が一六一一年に導入したものである。気前よく金を払ったおかげでナイトになった者は従男爵と呼ばれたが、彼らは旧来のナイトよりも上席にあり、貴族についで偉いということになっていた。この種の従男爵が、十七世紀および十八世紀を通じて何百も誕生し、十九世紀の半ばにはその数は七〇〇に達した。    

 しかし、人びとはこれら新興成金を軽蔑する傾向があった。それゆえ成金たちは、ますます貴族への憧れを強めることになる。

 特にフランスでは、この貴族への憧れが切実だった。

「なぜなら、フランスでは、貴族は政治的にもきわめて優越した立場におかれており、貴族に属することは、たんに社会的利益ばかりでなく、物質面でもかなりの利益を享受できるという事情があったからである。」    


3.大都市

 16〜18世紀にかけて、ヨーロッパには大都市が出現する。

 消費の中心地が、大都市へと変貌していったのだ。

「初期資本主義時代の大都市も(否、この時期にこそとくに)完全な消費都市であった。大消費者は周知のように王侯、僧侶、高官であったが、それに新たに追加された主要なグループは大資本家であった。」    


4.男女関係の変化

 この時代、男女関係にも大きな変化が現れていた。

 中世において、神によって浄められない男女関係は「罪」だった。

 ところがこの考えに、徐々に変化が現れはじめる。


「愛の本質について根本的に違った考え方がミンネザンク〔中世の恋歌〕が起こった世紀にまず広範囲の人々の間に浸透した。〔中略〕十一、二世紀、「嵐の海に静かに、明るく輝く島」と形容されたプロヴァンスで、はじめて自由で地上的な恋愛の調べが、一〇九〇年に発足し、十二世紀の中葉から十三世紀のなかばまで全盛期をむかえた吟遊詩人の歌の中によみがえった。

これらの詩は、恋人を天上にまつりあげ、一方おのれは憔悴して呻き声をあげ、酔いしれ、祈りに明けくれる正真正銘の青春期の性愛の表現である。

 恋愛(ロマンティックラブ)は12世紀ヨーロッパに始まったと言われるが、まさにこの時代、一種の自由恋愛の気運が高まり始めるのだ。

 とはいえ、貴族にとって、家と家とが結びつく結婚制度はきわめて重要なものである。

 したがって夫婦間に、恋愛感情は基本的に存在しない。

 そこで、この新たな男女関係において男たちの恋の対象とされたのは、誘拐された良家の娘か、姦通する女、そして娼婦たちということになる。

 こうした女たちを手に入れることは、若者にとってはもはや「名誉」の問題でさえあった。

「これができない青年は、同じ年頃の仲間から軽蔑されて不幸であった。やがて、若者たちはこの優雅な冒険に対し、熱病にかられたような渇望を抱きはじめた。彼らにしてみれば、肉欲を充足させることよりむしろ名誉を得たいという気持が先立った。」


5.高等娼婦と愛妾経済

 やがて、由緒正しい婦人と娼婦との中間存在が登場するようになる。

 宮仕えの「高等娼婦」たちである。


「教会貴族のまわりにいる婦人たちは高位高官の男性と純粋に精神的な交わりを結ぶことから一歩踏み出すやいなや(そうしたケスは珍しくなかった)、つねに愛妾に化していた。このように、まったく外面的根拠からしても、宮仕えの女は高等娼婦に変わっていったにちがいない。」

「彼女たちのうち、(公式に)一人の男だけに愛をひさぐ者は、「囲われ女」、大勢の男に媚を売る者はコケットと呼ばれた。」    

それに、その頃古代の復活が歓迎されていたため、昔のへタイラ、つまり遊び女も再現されてもいいだろうという気運もみなぎっていた。都市が巨大化するとともに、その頃は世間がまったくおおらかな気持になり、もちろん少数えりぬきの女たちとはいえ、いかがわしい女たちのまわりに、エリート意識で鼻高々となった男たちが群がるようになった。

 貴族たちは、こぞって宮廷の美しい女たちとの「非合法的恋愛」に興じるようになったのだ。

 こうして、「愛妾経済」とゾンバルトが呼ぶ時代が始まった。

「女をかかえるために必要となる経費は〔中略〕相当の財産家の予算内でも最大の額を占めた」    


6.贅沢の展開

 新興貴族たちは、女のために贅の限りをつくすようになった。

「中世が終わったあとの数世紀にはとてつもない奢侈がまかりとおり、それが十八世紀末期には無限といってもよいほどの贅沢にまで高まった」    


 たとえば、ルイ14世の愛人ラ・ヴァリエール。王は彼女のためにヴェルサイユ宮殿を建てた。

 ルイ15世の愛妾ポンパドゥル、そしてルイ16世の妃マリー・アントワネット

「マリー・アントワネットはフランス宮廷を支配し、奢侈のための消費増大に(一七八〇年代の初めまで)これをつとめた最後の偉大なるはすっぱ女である。」

 事態はイギリスでも同じだった。

「イギリスでも、宮廷の奢侈はとりもなおさず、愛妾たちの、そして王妃たちのための奢侈であったことは、イギリス宮廷の内幕の歴史が教えてくれる。イギリスに宮廷ができて以来、王には愛妾がかならずおり、彼女たちがはなやかに生きていこう、はでに暮らそうという傾向があったこともよくわかっている。」    


7.奢侈と女

 ゾンバルトによれば、当時のヨーロッパの奢侈に女たちが密接に関わっていたことは一目瞭然である。

 奢侈の発展傾向を、ゾンバルトは次の4点描き出す。そしてそのいずれの傾向も、きわめて「女性好み」なものだったと言う。

 1つめの傾向は、屋内化。

「往時は(ルネサンスの頃でも)、贅沢といえば、馬上槍試合、はなやかな戸外の催し物、行列、野外の宴会であった。それが家の中にひきこもった。」

 この点については、特に飲食の奢侈が目立つとゾンバルトは言う。

「これは、十五、六世紀、イタリアで、他の学術諸芸とならんで料理術が発生したときに形をなすようになった。それ以前には、たんに、たくさん食べる贅沢があったばかりであったが、このころになると飲食の楽しみも繊細化し、量より質が重んぜられるようになった。


「一つだけいまでもはっきりしていることは、甘味品の消費と女性優位との関連である。

初期資本主義期に女が優位に立つと砂糖が迅速に愛用される嗜好品になり、しかも砂糖があったがために、コーヒー、ココア、紅茶といった興奮剤がヨーロッパで、いちはやく広く愛用されるようになったからだ。」

 2つめは即物化。

「かつては贅沢といえば多数の家臣や従者を動員することであり、たとえば祝祭日に彼らを集めて飲食させ、楽しませることであるとされた。だがいまや有益な品物をどしどし奢侈のために使ってゆくことが本命となり、従者の多いことは、これにともなう副次的奢侈となった。私はこうした過程を即物化と名づけているが、この即物化はまたしても婦人の関心のまとであった。なぜなら、すばらしい衣裳、住み心地のよい住宅、高価な装飾などとちがって、召使いが大勢いることは、女にしてみればさほどありがたくはないからである。」

 3つめは感性化。

「この頃の芸術作品のすべて、手のこんだ手工業の製品のすべてから、実際に女の勝利が光り輝いていることがわかる。窓と窓の間の鏡、リヨン製クッション、網目になった白絹のカーテン、空色の絹地でつくられたベッド、淡青色ペティコート、灰色の絹靴下、バラ色の絹地衣裳などから、また白鳥の羽毛のついたお色気のある化粧着、あるいはダチョウの羽毛やブラバントのレース、さらにロココの時代相を描写した人としては不朽の存在であるムーテルのような教父――以上の諸例はすべて彼の文章からとったのだが――がこの時代の特徴として述べたすべてのものから、サロンの交響曲がなりひびいた。」

 4つめは時間の圧縮化。

「かつては年中行事のように時期をきめて行なわれていた贅沢な催し物が常設され、年一回の祭りが原則的に年がら年じゅう行なわれるものに変わり、祝祭日の行進が毎日の仮装舞踏会となり、特別の日にだけくりひろげられた大宴会や飲酒の集いが毎日のディナーやごちそうに変わったことでもよい。さらには、(この点をとくに強調したいのだが)使用者がより迅速に手に入れることができるよう、より短い時間内に贅沢品が生産されることでもよいわけである。」


8.奢侈からの資本主義の誕生

 以上から、ゾンバルトは資本主義を生み出したのは貴族たちの奢侈であったと結論づける。

 従来、資本主義は、植民地等販路の拡大によってもたらされたと考えられてきた。

 しかしゾンバルトは、この販路拡大は、そもそも奢侈への動機から起こったものだと主張するのだ。

「ブラジルの金がパリ、アムステルダム、それにロンドンの相場師のふところをいっぱいにしはじめた一七〇〇年頃〔中略〕、商人たちが富者の奢侈需要を充足させるために、従来の手工業段階ののんびりした行き方を改め、資本主義的なコースに駆りたてられたもようは、はっきり認めることができる。」    

「ヨーロッパ各国がかかえるほとんどすべての植民地の産物が高価な贅沢品であったことは、まず第一に、植民地の商業があつかったものが何であったかについておおよその見取図を示してくれる。なぜなら、こうした贅沢品は、その大部分が海外各地の農業生産物であったからである。本書が重視している商品、砂糖、ココア、木綿(十八世紀の中頃までは贅沢品であった)それにコーヒーはすべてアメリカの植民地で生産された。また香料は東アジアの植民地の主な産物であった。」 

   こうしてゾンバルトは、資本主義の起源を次のように結論づける。

「支配的な意見の代表者は次のように答えている。地理的な販路の拡大のおかげで、資本主義は、工業労働に対して権力をふるうようになったのだと。私はまったく逆の回答を出したい。より重要であったのは、強大な奢侈消費の形成が工業生産組織に与えた影響だということだ。」    

 奢侈工業こそが、資本主義的組織に発展していく最大の力を持っていたのだ。

 ゾンバルトによれば、その理由は主に4つある。

 1つは、奢侈製品を作るためには、遠方から原料を取り寄せる必要があったこと。

 そのため商人たちは、常に多額の資本を手もとに置いておく必要があった。

 2つは、奢侈品を購入する貴族が、現金で即払いする習慣を持っていなかったこと。

 貴族には、金銭などにとらわれない鷹揚さが必要だったのだ。

 そのため奢侈品商人たちは、やはり多額の資本を手もとに置いておく必要があった。

 3つは、外国人の新興奢侈品業者の存在。彼らはそもそも、従来のツンフトから独立していた。それゆえ彼らは、容易に資本主義的組織へと発展することができたのだ。

 4つは、奢侈品と違って、より価値の少ない商品はそもそも大量販売しようという動機を生まないこと。

 以上4つの理由によって、奢侈品工業・商業こそが、資本主義を生み出す最大の要因となったのだ。

 ゾンバルトは本書を次のような言葉で結ぶ。

「こうして、すでに眺めてきたように、非合法的恋愛の合法的な子供である奢侈は、資本主義を生み落とした。」



(苫野一徳)


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