デュルケーム『宗教生活の原初形態』(2)


1.霊魂

 霊魂の集合的な表象(イメージ)をもたない社会はない。

 日本だと、それは白くて寒々しくて足がないもの、となるだろう。

 デュルケームによれば、霊はそもそも、トーテム的原理が分割されてできた観念である。

 人は、自分の中にトーテム的存在がいることを信じている。

 それが霊のイメージへとつながるのは、あとほんの一歩のことである。

「彼のうちには、彼がそのうちに彼自身を認めるにとどまらず、これを動物または草木の種として表現する、もう一つの存在が住みついているに違いないのである。この写しこそが霊魂にほかならないことは明瞭である。」

 と考えると、さまざまな社会に見られる霊魂不滅説は、現世の苦悩から逃れるために作り出されたものではないことが分かる。

 またしても、これは社会的・集合的観念というべきものなのだ。

 マナにおいてあらゆるものがつながり合った原始社会では、個人の命や苦悩など大したものではない。重要なのは、この全体性の中において、自らの氏族が永続することなのだ。

「霊魂不滅の信念は、当時、人類が自己の注意を促さずにいなかった一事実を、自らに説明するための唯一の様式であった。それは集団の生命の永続性である。個人は死ぬが、しかし、氏族は残存する。」

 こうしてデュルケームは、宗教的信念は、個人の宗教的心情から出てくるものではないという。

 それは社会によって生み出されるものなのだ。

「宗教または科学がわれわれの精神に刻む一般観念、これらの観念が想定する心性的動作、われわれの道徳的生活の根柢にある信念や感情、これらの心性的活動の高級な形態は、すべて、社会がわれわれのうちによび起し発生させるもので、われわれの感官や体感的状態のように身体に盲従するものではない。」


2.精霊

 霊魂が肉体内にとらわれており、その死とともにようやく自由になれる存在であるのに対して、精霊はより広範囲に自由に動き、またある程度明確な役割をもった存在である。

 祖先の霊魂が精霊として崇められることもある。

 このような精霊の観念が生まれると、そこから神話的英雄の観念が登場するまではあと一歩である。

「ひとたび精霊観念が構成されると、この観念は、当然、宗教生活のより高い範囲に拡大し、こうして、高級な神話的人物が発生したのである。」

 さらに、いくつかの未開部族には最高神の観念さえ登場している。

 その特徴は、この観念が一部族におさまることなく、周辺の部族へも伝播することにある。

「これらの最高神のおのおのの権威は個々の部族に限定されていない。そうではなくて、近隣の多数の部族によっても同等に認められている。」

 それゆえデュルケームは次のようにいう。

「したがって、宗教的国際主義は、きわめて最近のもっとも進んだ諸宗教の特殊性ではけっしてない。歴史の発端から、宗教的信念は、狭く限定された政治社会内に閉じ込められないような傾向を明示していた。宗教的信念のうちには、境界を超えて弘布し、国際化しようとする本然的な性向に似たものがあるのである。」


3.消極的礼拝

 続いてデュルケームは、原始宗教の儀礼について考察する。

 まず彼が論じるのは、「消極的儀礼」と呼ばれるものだ。

 端的には、これはさまざまなタブーを意味する。

 タブーには、接触や食にかんする次のようなものがある。

「何にもまして、そこには接触の諸禁忌がある。すなわち、これらは初歩のタブーであって、他のそれはこれらの特殊な変相にすぎない。これらは、俗は聖に触れてはならない、という原理によっている。すでに、われわれは、チュリンガやブル・ローラーが、どんな場合でも、未成年者によって取り扱われてならないことをみた。成人がこれらを自由に使っているのは、成年式が彼らに聖なる特質を交付したからである。」

「格別に内密な接触は、食物の嚥下から結果するそれである。ここから、聖なる動物や植物、ことにトーテムに用いられるものを食べることの禁忌が出てくる。」

「聖物の外に、同じ特質をもつ語や音がある。すなわち、これらは、俗人の口にのぼっても、彼らの耳朶を打ってもならないのである。婦女が聴けば、死刑に処せられねばならぬ儀礼上の歌がある。彼女たちは、ブル・ローラーの音を聴くことはできるが、ただ遠くからである。」

 要するに、これらは聖なるものにかんするさまざまな禁忌なのである。


4.積極的儀礼

 次に「積極的儀礼」について見ていこう。

 端的には、これはイニシエーション供犠などをさす。

 たとえば、氏族の「男」として認められるために、新入者は次のような儀礼を経なければならない。

「彼は、今まで自身がいた社会から、また、ほとんどあらゆる人間社会から隠退しなければならない。彼は婦女や未成年者を見ることを禁じられているだけではない。彼は、仲間を離れて、彼の教父となる数名の古老の指導のもとで、密林に生活しに去るのである。〔中略〕このときは、彼にとっては、あらゆる種類の禁戒の時期である。彼は多数の食物を禁じられる。生命を維持するために不可欠なぎりぎりの栄養量しか許されない。しばしば過激な断食を強制されさえする。〔中略〕慰みはすべて禁止されている。身体を洗ってもならない。ときとしては、身動きもしてはならない。じっとして、衣類を何も纏わないで、地上に寝たままである。」

 供犠にかんしては、アルンタ族のインティチユマが有名だ。

 インティチユマが行なわれるのは、基本的には季節によっている。乾期から雨期へとよい季節が近づくと思われるときに、インティチユマは執行されるのだ。

「酋長が決定した日に、トーテム集団の全員は、主キャンプに集合する。他のトーテムの人々は、少し離れたところに引き下る。」

「そのトーテムの人々は、ひとたび集まると、キャンプには二、三人だけを残しておいて、行進を始める。武器ももたず、平生の装飾も一切なしに、素裸で、彼らは深い沈黙のうちに相ついで進む。」

「彼らは石英の大塊が地中に沈み込んで、周囲には丸い小石のある場所に着く。この塊は、青年期にあるウィチェティ青虫を、表象している。アラトゥンジャが、これをアプマラと呼ばれている小さい木製の一種の飼桶で打つ。それと同時に、動物に卵を生ませる目的で、彼は歌を唄う。彼は、また、動物の卵を象った石にも同じことをする。そして、石の一つで出席者のおのおのの胃を撫でる。これが終ると、彼らは、みな、少し下の方の岩のところに降りる。この岩も、同じく、アルチェリンガの神話のうちで祝われ、この岩の基いには、これもまた、ウィチェティ青虫を表象する他の石が見出される。アラトゥンジャは、自らのアプマラでこの石を叩く。彼に従ってきた人々は、途中で折ってきたゴム樹の枝で、同じように叩く。さきに、その動物に向けた招きを更新する唄のただ中で。」

 すぐに分かるように、これは繁殖・豊饒の儀礼である。

「この儀礼の意味は明瞭である。アラトゥンジャが聖石を叩くのは、塵を掃うためである。このきわめて聖なる塵の細粒は、生命の萌芽である、とみなされている。」

 このあと人びとは共に食事をとることになるのだが、これはきわめて初歩的な宗教的儀礼の1つである。

 それは、同じ氏族の者同士におけるコンミュニオン(交霊)の儀式なのだ。

 供犠は、このコンミュニオンに加えて「献納」をもう1つの本質としている。
 神へ供物を捧げることで、神が滅びないようにするのだ。

「生きていくためには、宇宙的生活が継続すること、ひいては、神々が死なないことが必要である。したがって、人は、それらを支持し、援助しようとした。」


5.社会的要請としての儀礼

 さて、しかしより本質的にいって、宗教的儀礼は上のような「物理的効果」を狙ってはじまったものではない。

 未開部族の人びとは、儀礼を行う理由として、しばしば「先祖によって定められているから」と答えることがある。

 つまり、「儀礼は何にもまして社会的集団が周期的に自己を再確認する手段」なのである。

 このような集団の自己再確認としての儀礼が、やがてトーテムの発見と結びついてその繁殖を祈るものとしての意味をもつようになった。デュルケームはそのようにいう。

「動物と人との密接な連帯がひとたび認められると、トーテム種の正規な繁殖を確保する必要が強く感じられて、人はこの繁殖を礼拝の主要な目的とするのである。こうして、これらの模倣的行事は、起源においては、いうまでもなく、道徳的目的しかもたなかったが、功利的な物質的な目的に従属するようになる。そして、欲する結果を産出するための手段と考えられる。」


6.贖罪的儀礼

 このことは、「贖罪的儀礼」について見ればより理解を深めることができる。

 たとえば、喪に服することは社会的な義務である。この儀礼に、私たちは霊魂の概念を認める必要はない。

 オーストラリアのワーラムンガ族は、親類が亡くなった時次のような行動に出る。

「男も女もまったくの狂愚に捉われて、駆け廻り、身悶えをして、庖刀や鋭利な棒で傷を作った。誰もがその打撃を逃れようとはせず、女たちは擲り合った。ついに、一時間の後、行列が、松明の光の下で、平原を越えて、屍体がその木枝におかれるはずの木に着くまで、繰り出された。」

「女たちはとくに苛酷な義務を負っている。彼女たちは、髪を切り、パイプ白土を全身に塗りつけねばならない。その上、彼女たちは絶対的な沈黙を二カ年も続けることのある服喪期を課せられる。」

 これについてデュルケームは次のようにいう。

「一つの基本的事実は疑う余地がない。すなわち、喪は個人的情緒の自発的な表現ではない、ということである。親縁者が、泣き、歎き、傷つけ合うにしても、それは、彼らが近親の死によって自ら害われたと感じているからではない。〔中略〕それは、集団から課せられた義務である。ただ、悲しいから歎くのではなくて、歎かねばならないからである。」

 やはり儀礼は、社会がその自己再確認をするためのものなのだ。


7.結論

 こうして、デュルケームは本書の結論を次のように述べる。

「宗教が表明する集合的理想は、個人の何か知らぬ内在的な力能に帰因しているところではない、むしろ、個人が理想化を学んだのは、集合生活の学窓においてである。個人が理想を認識しうるようになったのは、社会の磨きあげた諸理想に同化することを通じてである。社会こそが、自らの活動圏に個人を誘い入れて、彼に経験世界の上に高翔する欲求を習得させ、それと同時に、もう一つの世界を認識する手段を提供したのである。」

 要するに、人間は徹頭徹尾、社会の中で、社会の価値観において世界を見ているということだ。それゆえデュルケームはいう。

「われわれは、今や、宗教を純然たる個人的な事物としようと欲した過激な個人主義の価値を評価できるのである。すなわち、それは宗教生活の基本的条件を誤解しているのである。〔中略〕われわれが道徳的に温まれる唯一の熱源は、われわれの仲間の社会が形成しているそれである。われわれを扶養し増殖できる唯一の道徳力は、他人が貸してくれるそれである。」

「信念は、分有されるときにのみ、活動的である。われわれは、信念を、まったく個人的な努力によって、しばらくは、維持することができる。しかし、信念が生まれるのも、得られるのも、このようにしてではない。」

 私たちに(宗教的・道徳的)信念をもたらすのは、徹頭徹尾社会なのである。

(苫野一徳)


Copyright(C) 2016 TOMANO Ittoku  All rights reserved.