梶山雄一・上山春平『空の論理〈中観〉』(仏教の思想3)


はじめに

 大乗仏教「中観派」最大のキーワードは、言うまでもなく「空(くう)」だ。


 本書は、中観派を創始したナーガールジュナ(龍樹)『中論』を中心に、この「空」の思想の核心にせまっていくものだ。

「「中論」は、仏滅後五〇〇年余りを経たころの著作であり、大乗経典の原型といわれる「般若経」の空の思想を拠りどころとしながら、原始仏教の精神を復活強化し、当時の非仏教的思想(仏教内部のそれをもふくむ)にたいする鋭い批判を展開している。」

 その核心は、「あらゆる存在は空である(一切法空)」という観点から、さまざまな実体を前提する形而上学的主張を批判することにある。

 何らかの絶対的な実体などというものはない。

 一切は「空」なのである。


1.ナーガールジュナの生涯

 まずナーガールジュナの生涯について見てみよう(以下本書より引用)。


 南インドのバラモンの家に生まれ、『ヴェーダ聖典』をはじめとするバラモン教学を学んで成長した。

 天性の才能に恵まれていたので、まだ若いうちからその学識をもって有名となった。

 彼は、これも才能ゆたかな三人の親友をもっていたが、ある日たがいに相談し、学問の誉れはすでに得たから、これからは快楽を尽くそうと決めた。

 彼らは術師について、自分の身体を見えなくする隠身の秘術を習得し、それを用いて王宮にしばしば忍びこんだ。

 100日あまりの間に、宮廷の美人はみな犯され、子をはらむものさえ出てきた。

 驚いた王臣たちは対策を練り、門に砂をまいて衛士にこれを守らせた。

 砂上の足跡をたよりに多数の衛士が空に振った万によって、三人の友人は殺されてしまったが、王のかたわらに身をさけたナーガールジュナだけは斬殺を免れた。

 そこに隠れている間にナーガールジュナは欲情が苦しみと不幸の原因であることにめざめ、もし自分が宮廷をのがれ出て生きながらえるならば出家しようと決心した。

 事実、逃走に成功した彼は山上のストゥーパ(仏塔)を訪ねて、戒律を受け出家した。そこにとどまった90日の間に小乗仏典を読破、習得してしまい、さらに別種の経典を探したが得られないでいるうちに、ヒマラヤ山中にあるストゥーパにいた一人の年老いた出家僧から大乗経典を授けられた。

 非常な興味をもってこれを学んだが、まだ深い真実を得なかった。彼はさらに経典を探し求めてインドじゅうを遍歴したが、その間、仏教・非仏教の遊行者・論師と対論し、みなこれを論破した。

 そこで慢心を起こした彼は、仏教の経典は微妙ではあるが、論理的に検討してみるとまだ完全でないから、自分が論理をもって仏典の表現の不備な点を推理し、後学を教えようと考え、一学派を創立しようとした。


 マハーナーガ(大龍)菩薩がナーガールジュナの慢心を哀れんで彼を海底の龍宮に導き、宝蔵を開いて大乗経典をナーガールジュナに与えた。彼は90日間でこれを学び、多くのことを理解し、深い意味を悟った。(引用終わり)

 一見して、静かな生活を好んだブッダや彼の弟子たちとは対照的な人生だったことが分かる。

 仏滅後500年、ブッダが説いた「中道」が見失われ(『仏教の思想1』のページ参照)、上座部仏教は煩瑣な形而上学的議論にばかり明け暮れていた。

 ナーガールジュナは、そうしたそれまでの仏教を一蹴しようと試みたのだ。激しい気性の持ち主だったのは、当然のことだったと言えるかもしれない。


2.アビダルマの思想家たち

 続いて、ナーガールジュナによって批判された哲学について見てみよう。

 仏教以外の批判対象としては、バラモン教系のンキヤ学派ヴァイシェシカ学派・その姉妹学派であるヤーヤ学派の思想などがあった。

 仏教の内部では、説一切有部(せついっさいうぶ)が代表していたアビダルマの哲学があった。

 ここではアビダルマの哲学について見てみよう(『仏教の思想2』のページ参照)。

 説一切有部は、この世には恒常的な「本体」が存在すると考えた。そしてその「本体」(森羅万象の実体)を、5類型75種類に分類した。「五位七十五法」と呼ばれている。

 この説一切有部にしたがえば、たとえば昨日わたしが見た猫と、今日わたしが見た猫は、わたしが見ていようが見ていまいが、同じ猫として恒常的に存在している。

 実に常識的な考え方だ。

 ところが、説一切有部から分派した経量部は、これに次のように異を唱える。

「経量部にいわせると、猫は現在の一瞬に存在しているだけで、昨日見たこの猫も、明日また来るかもしれないこの猫も、じつは存在しない。いったい、昨日見た猫といま見ている猫とが同一の猫であるということは証明できはしない。」

 仏教には刹那滅論という理論がある。すべての仏教学派が承認するものだが、特に経量部が最も強力に推進した。

「すべてのものは、各瞬間に別なものとして生まれかわって続いてゆく流れであって、そこに同一性を保って永続する本体はない、という理論である。

 経量部は中観派にやや近づいているが、しかしまだ実体的な存在を想定しているという意味では、中観派の批判をまぬがれない。

 すべてのものは流れていくといったところで、流れていく実体が措定されてしまっていては、それは「空」の思想からはほど遠い思想と言わなければならないのだ。


3.ナーガールジュナの思想

 では、ナーガールジュナの「空」の思想とはいったいどのような思想なのか。

 それはまず、ことばによる一切の判断が起こる前の「直観」の世界のことだ。

 わたしたちは、これはペンだとか水だとか言ってものを名指すが、それはどこまで行っても人間が名指しただけのことであって、本来そのような実体は存在しない。

 にもかかわらず、このようにことばによってものを分節し名指すから、わたしたちの判断は誤ることがあるのだ。

「ナルジュナはことばを本質としたわれわれの認識過程を倒錯だといっているのである。われわれがなすべきことは、思惟・判断から直観の世界へ逆行することだ、と教えているのである。そうすれば、ことばを離れた実在に逢着する。それが空の世界である。空ということは、ものが本体をもたない、ということである。〔中略〕空性とは、ことばを離れた直観の世界の本質であることを理解しておけばよい。

 この世界には、説一切有部が想定したような「本体」などというものはない。それは人間の「想定」にすぎない。

 「原因と結果」などというものもない。それは人間が勝手に見出したものにすぎない。

 「運動と変化」もない。「主体と客体」といった関係もない。言うまでもなく、「言葉とその対象」などという関係もない。

 この「空性」は、『中論』では「四句否定」という形式で表されることが多い。

「ものは自らも生ぜず、他からも生ぜず、自他の両者からも生ぜず、無因(両者の無)からも生じない」

 また、プラジュニャーカラマティの『入菩提行論注』には次のようにある。

有でなく、無でなく、有無でなく、両者の否定なるものでもない、四句を越えた真中観者は知る」

 もっとも、この「空」も言葉であることにはちがいない。それゆえ中観派は次のように言う。

「空性という表現も、たとえば、車輪や車軸や車体の集まりをかりに車というように仮の名づけにすぎない。車という実体があると思い込むのが誤りであるように、空という本体があると考えてはいけない。」

 そして言う。このように、ものの本体の存在、その滅としての非存在のいずれをも越えるものであって、それはシャカムニ・ブッダの説いた中道のほんとうの意味である。」

 ブッダは「中道」を説いた。これは、世界はそもそもが「空」であることを教える思想なのだ。そうナーガールジュナは主張する。

 アビダルマ哲学が言うように、何らかの実体・本体を措定した上でその迷妄から解脱することが「中道」への道なのではない。

 一切はそもそも「空」なのだ。


4.八不(そして帰謬法について)

 『中論』全編の要約と言われる、八不(はっぷ)の偈(げ)というのがある

「八不というのは、不生・不滅・不常・不断・不一・不異・不来・不去という八つの否定命題のことだが、これらの命題によって否定されている生・滅・常・断・一・異・来・去等は、外道の邪見ならびにそれに準ずる仏教内部の邪見を、代表的に表現している。それらの邪見を、縁起を空と説く中道の立場から論破し、「諸の戯論を滅す」るのが『中論』の課題であった。

 この八不の思想について、著者の上山氏は言う。

「空観は、中道であるかぎり、たんにあらゆるものを否定する虚無主義(ニヒリズム)でもなく、懐疑主義でもない。」

 「精神的態度」としては、確かにその通りだろう。

 しかし哲学な方法としては、わたしの考えでは、中観派の論理は懐疑主義の方法と何ら違わない。

 すなわち「帰謬法」だ。

 中期中観派は「帰謬論証派」「自立論証派」に分かれていくのだが、いずれにせよ、中観派の基本的な論法は「自立論証」(◯◯は××であるという定言的論証)よりは「帰謬論証」(◯◯は本当は◯◯ではない)にあると考えていい。

 それはつまり、あらゆることに「否」をつきつけ、一切を相対化していく論法だ。

 この否定論法は、哲学においては相対主義・懐疑主義に行きつく。

 一方、宗教思想としては、「空」の思想に行きつくのがおそらく必然だ。

 中観派が哲学であるより宗教である以上、「空」の思想は単なる相対主義・懐疑主義のニヒリズムを説いていていいわけがない。

 「空」を悟ることによって、「中道」の救いに達しようとすること。そのような積極的な態度に貫かれているのは当然のことだ。

 そのため、後期中観派になると、この「空」を「絶対空」として言い表す者と、より積極的に言い表そうとする者の双方が登場することになった。

 論理的には相対主義の色の濃い「絶対空」を説いたのは、シャーンタラクシタだ。

 一方、空とは実は「光り輝く心」であると解釈し直したのは、ラトナーカラだ。

 著者の梶山氏も次のように言う。

「最高の真実に対する消極的な表現と積極的な表現との二つは、インド仏教の最後に至るまで対立的に残存したのである。」

 「空」の思想によってあらゆる実体概念を否定しようとした中観派だったが、この対立は、わたしたち人間がつねに「否、否」とばかりは言い続けていられないことを物語っているように思われる。

 現代のいわゆるポストモダン思想も、はじめは一切を相対化することに力を注いだが、やがてそのことにむなしさを覚えたのか(?)、今では「他者」とか「正義」とかいった超越概念に多くが傾倒するようになった。

 人類の思想史は、結局このように、単純化して言うならば次の2つの間を行きつ戻りつしてきたのだ。

「実体(本体)」があるのか「空」なのか。

「絶対」があるのか、すべては「相対」なのか。

「客観」があるのか、すべては「主観」にすぎないのか。

 あらゆる思想史は、この対立的問いの変奏だったとさえ言えるかもしれない。

 しかしこのブログでしばしば書いてきたように、20世紀、この対立を原理的に解消し、長い思想史上のアポリア(難問)に終止符を打った哲学が現れた。

 フッサール現象学がそれだ。

 ご興味のある方には、ぜひ『イデーン』のページなどをお読みいただければ幸いだ。



(苫野一徳)

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