トーマス・クーン『科学革命の構造』




はじめに


ここにトーマス・クーンの写真・メガネのおじさん「パラダイム」「パラダイムの転換」という概念を、科学(学問)界に定着させた本書。

「パラダイム」とは、ある科学者集団によって共有されている認識の枠組みのこと。

 従来、科学的進歩とは「累積による進歩」のことだと考えられていた。

 しかし科学の進歩を丹念に振り返ってみると、どうやらそうではないらしいことが分かってきた。

 それはむしろ、ある「パラダイム」から次のまったく新しい「パラダイム」へと、飛躍的に転換することを意味していたのだ。

 コペルニクス、ニュートン、ラヴォアジェ、アインシュタインらの功績を考えてみよう。

「そのどれをとっても、科学者集団が古くからの科学理論を否定して、それと両立しない新しいものを受け入れるという大事件を生じさせた。〔中略〕どれもが科学者の仕事をする世界をすっかり変えてしまって、その結果、科学像の変換も見るのである。このような変化は常に大変な論争を引き起こすものであるが、これこそ科学革命の性格を定めるものである。」    

 こうしたパラダイムの転換は、科学者をはじめ、人びとの「世界の見方」さえも変えてしまうものだ。

「未知の発見は単に事実の上の問題だけではない。科学の世界は、事実と理論の基本的な革新性によって、量的に豊かにされるだけでなく、質的にも変換されるのである。」    

 卑近な例をあげれば、天動説から地動説への転換がそうだ。

 このパラダイム転換によって、それまで説明できなかった現象が説明できるようになり、新しい発見も次々と可能になった。そしてそれは、人びとの「世界像」をも大きく変えた。

 パラダイムの転換こそが、科学的進歩(科学革命)の本質なのだ。

 クーンは本書で、この科学革命(パラダイム転換)の特徴を詳論する。


1.「通常科学」とは何か?

 科学者は、ふつう「通常科学」normal science)にいそしんでいる。

 通常科学とは、すでに成立しているパラダイムの上で、さまざまな現象を個別に研究するものだ。

 これはパラダイムがあるからこそ成立する研究だ。

「なぜなら、学派間の論争が止んで、基礎に立ち返ってまた繰り返すということをしなくても済むようになったし、正しい道にのっている、という科学者たちの自信は、彼らがさらに正確で突っ込んだ、骨の折れる種類の仕事に取りかかるのを励ましたからである。」

 ちなみに、既存のパラダイムにのっかった研究は必ず専門分化する。そのため、一般読者を対象にした書籍より、専門家を相手にした研究論文の方が価値が高まることになる。

「科学者は、本を書くと自分の職業的名声を高めるより減じることのほうが多い。〔中略〕著書が研究成果の発表機関として意味を持つ分野では、素人と玄人を区別する線が未だ明確ではなくて、素人も専門家の報告を読んで進歩について行けそうな分野である。」


2.パズル解きとしての通常科学

 通常科学を行う科学者の最大の関心は、いわば「パズル解き」にあるとクーンは言う。

「つまり、出て来る結果はしばしばその詳細まで予測できるもので、それ自体興味のあるものではないが、その結果を得る方法が非常に疑問なのである。通常科学の問題を完成するとは、予期していることを新しい方法で得ることであり、それではあらゆる種類の複雑な装置上、概念上、数学上問題を解決しなければならない。それに成功する人はパズル解きの熟練家であり、このパズルが彼をして仕事に魅きつける大きな役割をしている。」

 すでに成立しているパラダイムが、自分の実験や観察の結果を保証してくれている。だから科学者は、自分の実験や観察の結果が、理論と合致するかどうかをたしかめることを主たる研究にするのだ。

 しかしそうなると、科学者は解にたどり着けるものしか研究しなくなる傾向がある。

「真に緊急な問題、たとえば癌の治療や恒久平和案はパズルとはいえない。答が見つからないことが多いからだ。」

「パラダイムが受け入れられれば、その問題には解があるとみなしてよいのだ。科学者集団が科学的だと認め、取り組むことを勧めるような問題は、ほぼこのような問題に限られている。」

 こうして、科学者は社会的に重要な問題から隔離されていく傾向がある。

「かくしてパラダイムは、その専門家の集団を社会的に重要な問題から隔離するはたらきをすることがある。というのは、社会的に必要な問題が、パラダイムの与える概念や装置では述べられなくて、パズルの形になおせないからである。」


3.パラダイム転換

 さて、しかし時が経つにつれ、科学者たちは、自分たちのパズル解きがうまくいかない例に出くわすようになる。

 このことが、パラダイム転換への大きなきっかけになる。

「発見は、変則性に気付くこと、つまり自然が通常科学に共通したパラダイムから生ずる予測を破るととから始まる。次に、その変則性のある場所を広く探索することになる。そしてパラダイム理論を修正して、変則性も予測できるようになってこの仕事は終わる。」

 こうした例は枚挙にいとまがない。

「コペルニクスが言い出す以前にも、プトレマイオスの天文学の状態は、悪名高いものであった。ガリレオによる運動論への貢献は、アリストテレス理論中にスコラ学者たちが見つけた難点に負うものである。ニュートンの新しい光と色の理論は、既存の前パラダイム段階の理論では、スペクトルの長さを全然説明できないということに気付いたその点に根ざしているし、ニュートン説にとって代わった波動説は、ニュートン説では変則的になる回折や偏光の現象に関心が集中する中で提出された。熱力学は二つの既存の十九世紀物理理論の衝突から生まれたし、量子力学も黒体輻射や比熱、光電効果にまつわるさまざまな難点から生じたのである。」

 こうした難点(変則性)に気づく人はごくわずかだ。なぜなら、ほとんどの人は、自分が依って立つパラダイムを疑おうとはしないし、疑う訓練も受けていないから。

「科学者の訓練は、新しいアプローチを編み出す人間を作るようにはできていない。」

 それに対して、こうした変則性に気づく人にのみ革新が訪れる。

 それはいったいどういう人たちなのか。クーンは言う。

「新しいパラダイムの基本的発明を遂げた人は、ほとんど、非常に若いか、パラダイムの変更を促す分野に新しく入ってきた新人かのどちらかである。おそらくこの点は特にはっきりさせる必要もなかったことでもあろうが、明らかに彼らは、通常科学の伝統的ルールに縛られることがなく、これらのルールはもはや役に立たないから外のものを考えよう、ということになり易い。
 その結果、新しいパラダイムに移行することは、科学革命となる。」

 クーンによれば、通常科学者はいわばチェスの競技者だ。彼らは、いかに上手にチェスをするかを考える。

 それに対して、革新者は、チェスのルールそれ自体を作り変えてしまう人たちなのだ。


4.パラダイム転換は真理への道ではない

 最後に、クーンは次のような重要なことを述べる。

「パラダイムの変化は科学者たちや彼らから学ぶ人たちをしてますます真理に接近せしめる、という観念を表明することも、内に抱くこともわれわれは放棄しなければならない。」

「われわれはみな、科学を、自然が前もって設定したある目標に常に進める事業である、とみなす習慣に、あまりにも馴れすぎている。
 しかし、何かそのような目標がある必要があろうか。科学の存在とその成功を、ある時点における集団の知識の水準からの進化によって説明できないか。」

 人間が「真理」に到達できないということは、カント以来哲学的には「常識」だ(詳細は、カント『純粋理性批判』ニーチェ『権力への意志』フッサール『イデーン』のページなど参照)。

 しかし多くの人びとは、科学は真理を探究するものだと考えている。そして、いつかは真理にたどり着くのだと考えている。

 しかしそのようなことはあり得ない。科学の進歩とは、あくまでも「ある時点における集団の知識の水準」が上がることであって、真理へ近づくことではないのだ。


(苫野一徳)


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