モルガン『古代社会』



はじめに

 アメリカ人類学の父、ルイス・ヘンリー・モルガン(1818〜1881)。

 アメリカ原住民イロクォイ族と親交を持ち、ネイティヴ・アメリカンの教育のための結社なども創設した。そうした功績から、イロクォイの養子にも迎えられている。

 もっとも、彼の学説には、白人は最も進化した人種であるとする人種差別的な論調があり、今日では激しく批判されてもいる。

 本書は、イロクォイ族や古代ギリシア・ローマなどの氏族社会を研究し、人類がどのように社会を発展させてきたのかを論じたもの。

 本書の大きな主張は2点挙げられる。

 1つは、人類は単一の起源を持ち、野蛮、未開、文明の3段階を辿ってきたとする主張。さまざまな偶然の賜物ではあるが、と断りながらも、その最高段階にあるのはアーリア種族であるとモルガンは言う。

 もう1つは、人類はその野蛮・未開社会において、すでに「民主的」な社会であったという主張。

 氏族・部族社会は、酋長が選挙によって選ばれ、互い助け合うことを基礎とした社会だったのだ。それゆえモルガンは次のように言う。

「政治における民主主義、社会における友愛、権利と特権における平等そしてまた普通教育は、経験、知性および知識が着々とその方向をとっている次代のより高度の社会を予示している。それは古代民族の自由、平等および友愛のより高度の形態における復活であろう。」    

 しかしこのモルガンの主張は、わたしにはややナイーブにすぎるように思われる。

 人類は、そのDNAにおいて民主的性格をインプットされているのだ、などとは考えないほうがいい。わたしたちの社会は、さまざまな条件によって、民主的にもなれば専制的にもなるからだ。

 たとえば、数百人規模までの血縁集団であれば、わたしたちは基本的に超権力を必要としない。しかし集団が大きくなり、血縁関係も薄まり、大きなもめ事が絶えず起こるようになった時、そしてまた、他の集団からの攻撃にさらされた時には、強大な権力が必要になる(この点については、たとえばジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』のページなどを参照)。

 だからわたしたちは、これからの社会について考える際、人間はそもそも民主的である、などと主張するのではなく、どのような条件を整えれば世界大の民主主義が可能になるか、と考える必要がある。

 それはともかく、マルクスやレーニンにも大きな影響を与えたことで知られる本書の概要を、以下紹介していくことにしたいと思う。


1.野蛮、未開、文明

 まず、モルガンは人間社会の発展を「野蛮」「未開」「文明」の3段階に区分し、さらにそれぞれの段階に下層・中層・上層の区分を設ける。

野蛮状態
(1)野蛮下層状態:人類種族の揺籃期。
(2)野蛮中層状態:魚類を食糧とし火の使用知識を獲得。
(3)野蛮上層状態:弓矢の発明。

未開状態
(1)未開下層状態:製陶技術の発明。
(2)未開中層状態:東半球においては動物の飼養、西半球においては灌漑によるトウモロコシおよび植物の栽培ならびに日乾煉瓦および石材の使用。
(3)未開上層状態:鉄鉱熔解方法の発明ならびに鉄器の使用。


文明状態:音標文字の発明。

 モルガンはこの社会進化に関して、「人類の幾何学的進歩説」を主張する。進歩のためには、まず長い低迷状態があり、あるきっかけで進歩が始まると、急速にその進化が起こるというわけだ。

 そこでモルガンは、野蛮時代を6万年、未開時代を3万5千年(前期2万年、中期と後期1万5千年)、文明時代を5千年と概算する。


2.人類起源の単一説

 続いて、モルガンは「人類起源の単一説」を主張する。つまり、人類は一つの起源から出発し、野蛮、未開、文明へと直線的に進化すると言うのだ(実際には、大陸移動などによって、自らを「退化」させた人びともいる。この点も、詳細はダイアモンド『銃・病原菌・鉄』のページなどを参照)。

 したがって、未開部族の研究は、現代文明人の大昔の姿を知ることと同じである。モルガンは言う。

「これら数個の種族時代における部族および民族の状態の研究においてわれわれは実質的にわわれ自身の遠い祖先の古代の歴史および状態を取扱っているのである。    


3.家族形態

 続いてモルガンは、人類の家族形態の5段階を挙げる。


(1)血縁家族Consanguine Family):一集団内における兄弟姉妹の通婚。

(2)プナルア家族Punaluan Famnily):ハワイ人のプナルア(Punalua)家族関係に由来する名称で、いわゆるイトコ婚。互いの妻や夫の共有もあった。

(3)対偶婚家族Syndyasmian Family):一人の男子と一人の女子との対偶に基礎を置くが、離婚あるいは別居は夫および妻双方の任意だった。モルガンによれば、これは例外的な家族形態だという。

(4)家父長制家族Patriarchal Family):いわゆる一夫多妻家族。これも例外的な家族形態だとモルガンは言う。

(5)一夫一婦制家族Monogamian Family):一人の男子と一人の女子との結婚を基礎とし、排他的の同棲を伴っている家族。これは正しく文明社会の家族であり、したがって本質的に近代的であった」


4.イロクォイ氏族、胞族、部族、部族連合

 以下、さまざまな未開社会を具体的に見ていこう。

 未開社会は、氏族・胞族(氏族の集まり)・部族(胞族の集まり)・部族連合からなる。

 まずはアメリカ原住民のイロクォイ族について。

 イロクォイ氏族社会においては、成員たちには次のような権利と義務があった。


(1)その世襲酋長および普通酋長を選挙する権利。
(2)その世襲酋長および普通酋長を罷免する権利。
(3)氏族内において通婚せざる義務。
(4)死亡成員の財産を相続する相互的権利。
(5)侵害に対する援助・防禦および救済の相互的義務。
(6)氏族員に命名する権利。
(7)氏族外の者を氏族の養子とする権利。
(8)共通の宗教的儀式・審問。
(9)共同墓地。

(10)氏族会議。

 特に(1)と(2)を見れば、氏族社会が民主的な社会であったことが分かる。そうモルガンは言う。

イロクォイ氏族の全員は、個人的には自由であり、彼らは相互の自由を防衛すべき責任があった。彼らは特権および個人的権利において平等であり、世襲酋長および普通酋長もなんら優越権を主張せず、彼らは血族の紐帯によって相ともに結合された同胞であった。自由、平等、友愛は、たとえ形式化されなかったとしても、氏族の根本的原則であった。

 氏族の人口が増加すると、氏族は分離することになるが、その分離した氏族が再び結合すれば胞族を構成することになる。同様にして、部族も分離と再結合からできあがる。

 部族には、それぞれの氏族の酋長からなる酋長会議があり、大酋長が選出される。つまり部族もまた民主的な社会であったのだ。

 彼らの結合は、自分たちが血縁関係にあるという意識によってなされていた。モルガンによれば、そのような社会においては「君主制」が登場する可能性はなかったのだ。


5.アズテック(アステカ)連合体

 続いて、アステカの部族について見ていくことにしよう(邦訳ではアズテックと訳されているが、以下アステカと記す)。

 先述したように、未開社会においては君主(王)は登場し得ない。それゆえモルガンは、アステカを王国とか帝国とか呼ぶことを否定する。アステカは、アステカ部族、テズクカン部族、トラコパン部族の3部族による連合体であって、決して帝国などではなかったのだ、と。

アズテック君主国は妄想としてのみならず、君主制度を発明も発達もさせなかったインディアン族に関する誤伝として、アメリカ原住民史から抹殺すべきものであろう。彼らの形成した政治組織は部族の連合体であり、それ以上のものではなかったのである。


6.ギリシア

 続いて古代ギリシアについて。


 古代ギリシアにおいては、氏族社会から新しい政治社会への移行が起こった。ここでいう政治社会とは、血縁関係ではなく、地域と財産に基づく社会のことである。

「一市民になった氏族員は、氏族に対する彼の個人的関係にしたがってではなく、彼の地域的関係にしたがって国家から遇せらるべきであった。彼は自己の住居地たるデムに登録さるべきであって、その登録は彼が市民権を有する証拠であった。また彼はそのデムにおいて投票し、課税され、またディムから兵役に召集されるのであった。」

 しかしこの移行のためには、数百年におよぶ紆余曲折があった。

「その主要な例証をアテネ人の経験から引用しようと思うが、彼らにあっては、まず伝説を典拠としてのテセウス(Theseus)の立法が、次いでドラコン(Draco)の立法(紀元前六二四年)、ソロン(Solon)の立法(紀元前五九四年)およびクレイステネスの立法(紀元前五〇九年)が挙げらるべきである。後の三者は有史時代に入ってからのものであった。」

 氏族社会の人口が増大すると、集団は血縁関係だけでは成り立たなくなる。古代ギリシアにおいては、この巨大化する氏族社会を、新たな政治社会としてまとめなおす必要があったのだ。

 モルガンは、その偉業を完成した者としてクレイステネスの名を挙げる。

「彼こそ最初のアテネの立法者――人類政治組織の第二の大形態の建設者とみらるべきであり、その形態の下に近代の文明国民は組織されるのである。」

 クレイステネスは、アテネを1000のディーム(区域)に分け、それを束ねて10の市区を作り、さらにこれらを束ねてアテネ共和国とした。氏族社会から、地域に基づく社会への移行である。


7.ローマ

 続いてローマ。

 有史時代最初のローマもまた、氏族、胞族(キュリア)、部族から成っていた。

 氏族は300、キュリアは10あり、これらを束ねるものとして酋長会議としての元老院があった。

 しかし元老院は、やがて貴族階級のものとなり、従来の民主主義は崩壊していく。

 その一方で、貴族社会は軍事的には強大たりうる社会だった。


「この新しい組織は、その主なる特徴において、軍事的目的に対する人知の傑作であった。それはやがて彼らをして、完全に、残余のイタリヤ部族を卓越した地位に進め、ついには全半島に対する覇権を握らしめたのであった。」 

 しかしモルガンは言う。ローマのその後の衰退を考えるならば、やはり民主主義こそが最も賢明な政治形態であるに違いない、と。

人類が徐々に学びつつある単純な教訓は、全体とての民衆は公共の福祉と公共の繁栄に対しては、いかなる特権階級の人々が、たとえいかに洗練され教養を有ているにせよ、かつてあったよりもまた万が一にも将来あり得うるよりもつねにさらに賢明であるということである。


8.古代家族

 続いてモルガンは、先に紹介した、①血縁家族、②プナルア家族、③対偶婚家族、④家父長制家族、⑤一夫一婦制家族のそれぞれの例を挙げる。

 血縁家族は、先述した通り兄弟姉妹間の通婚による家族。原始時代はこの形態が一般的だったとモルガンは言う。

 プナルア家族は、イトコ婚を中心にした家族のこと。

 その際、夫は、自分の妻の姉妹もまた自分の妻とする。そしてそのそれぞれの夫は、プナルア(親密な友)と呼ばれる。

「彼の妻の姉妹はすべてまた彼の妻である。しかし彼は彼の妻の姉妹の夫をプナルア、すなわち彼の親密な友と呼ぶのであって、彼の妻の数人の姉妹の夫達はすべて同一である。彼らは集団内で共同に通婚したのである。」

 集団が大きくなるにつれ、妻を掠奪したり購入したりというケースが増えてくる。「妻の不足」が起こるからである。

 そこで登場するのが対偶婚家族である。これは一夫一婦婚に近いが、お互いの任意で簡単に別れることができた。

「夫は勝手にその妻を追い出し、他の妻を要ることができたが、これは誰の感情をも傷つけるものではなかった。」

 このような親族以外との結婚は、集団を広げ、人類が進歩していく重要な要因となったとモルガンは言う。

 一夫多妻にはヘブライとローマのものがあるが、これは例外中の例外であるとモルガンは言う。

 続いて一夫一婦制は、まずギリシアやローマで行われたが、当時は妻の権利というものはほとんどないに等しかった。

 そこでモルガンは言う。

一夫一婦制家族が文明時代の開始以来、著しく改され、とくに、近代においてそれは顕著であるから、すくなくとも、それは、両性の平等が達成されるまでは、さらに改善されうることが想像される。」

(苫野一徳)

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