ウォーラーステイン『史的システムとしての資本主義』


はじめに

 大著『近代世界システム』の、ある意味では理論的要諦をまとめたものといえるかもしれない(ウォーラーステイン『近代世界システム』のページ参照)。

 『近代世界システム』のように、細かな歴史的事象についての記述がない分、ウォーラーステインの思考の枠組みを知る上で、とても便利な本になっている。

 本書の問いは簡明だ。

「実際のところ資本主義とはどんなものだったのか。それはひとつのシステムとして、どのように機能してきたのか。それはまた、なぜこのように発展してきたのか。これからどこへ向かって行きつつあるのか。」 

   これらのテーマについて、ウォーラーステインは熱のこもった自説を述べていく。


1.史的システムとしての資本主義

 「史的システムとしての資本主義」とは何か?ウォーラーステインはいう。


「史的システムとしての資本主義は、それまでは「市場を経由せずに展開されていた各過程――換過程のみならず、生産過程、投資過程をも含めて――の広範な商品化を意味していたのであ

そこでは、あくなき資本蓄積こそが重要な経済活動のすべてを支配する目標ないし法則となっている。〔中略〕史的システムとしての資本主義とは、こうした法則――価値法――の貫徹する範囲がどんどん拡大してゆき、それを強制する立場の人びとがますます威丈高になってゆくような社会システムなのだ。

 要するに、あらゆるものが、世界規模の市場において商品化されたシステムのことである。


2.半プロレタリア世帯

 この「史的システムとしての資本主義」は、賃金労働者、つまりプロレタリアートの存在を必要とする。

 そこで従来、資本主義(資本家)は、あらゆる人びとをプロレタリアートにしようと試みてきたと考えられてきた。

 しかしウォーラーステインはいう。むしろ資本家は、一部の人びとを、いつまでも半プロレタリアートにとどめておきたかったのだ、と。

 というのも、プロレタリアートは生存のために賃上げ交渉などをしてくるが、半プロレタリアート(家内生産が可能な農民など)の場合は、さしあたり生きていくにあたっての心配がないために、低い賃金での労働を引き受けてくれるからだ。

「非賃金労働の存在によって、一部の生席者はその労働力をより安価に調達できたし、そのことによってまた、生産コストを引き下げ、利潤マージンを拡大することもできたのである。このような状況を考えると、雇主の側では一般に、自分の雇う賃金労働者が完全にプロレタリア化した世帯よりは、半プロレタリア的な世帯に属していることを望んだのも、異とするには足りない。 」   

 では、多くの人びとをプロレタリア化へと突き進ませた力は何だったのか?

 ウォーラーステインは、それは実は、プロレタリアートたち自身が望んだことだったのだという。

 というのも、半プロレタリアートたちは、手っ取り早くお金を稼ぎたいと思い、そのため自身の労働をさらに商品化しようと考えたからだ。

労働者階級にとって、実質所得を増やすもっとも効的で、直接的な方法のひとつは、かれら自身の労働をさらにいっそう商品化することであ 」   


3.辺境地域からの搾取

 ほとんどの人びとがプロレタリア化すると、彼らは賃上げを要求することになる。

 資本家にとって、これは利潤率を下げる深刻な事態だ。

 しかし彼らは、それを補ってあまりある方策を見出していた。

 「植民地政策」がそれである。

「植民地諸国の政策――公式に植民地化されないで、世界システムに組み込まれ、再編された半植民地同家の政策もそうだ――は、ほかならぬ半プロレタリア世帯の出現を促進することをめざしていたように思われる。」

 史的システムとしての資本主義は、世界中の辺境地域から搾取することで成立している、文字通り「近代世界システム」なのだ。


4.資本主義の勃興

 では、このシステムは、いったいなぜそのようなシステムとして勃興したのか?

 ウォーラーステインはいう。

それはもとから目差していたのだ」

 始まりは、中世封建社会の危機だった。

「封建ヨーロッパの経済機構は、この時代にきわめて根底的で内発的な危機を経験しており、その社会構造そのものが基礎から折り動かされはじめていた。支配層は大規模な相互破壊を繰り返していたし、(その経済構造の基礎となっていた)土地制度も弛緩しはじめていた。土地の分配が、これまでに比べて遥かに平等なかたちに再編されつつあったのである。」    

 よく知られているように、中世ヨーロッパにおいては、貨幣経済が浸透したことで、農奴が富を蓄積できるようになり、また、ペストの流行で農民が減ったこともあり、農民の地位が向上し始めていた。

 これでは自分たちの支配的な地位が脅かされることになる。封建領主たちはそう考えた。

 資本主義は、このような危機感を覚えた封建領主たちによって見出されたシステムだったのだ。

誰かが意図してそうなったというのでは毛頭ないが、資本主義がひとつの社会システムとして誕生したことによって、上層部が怖れていた傾向は逆転し、そのかわりに、かれら自身の利益に遥かによく沿うような傾向が確立したことは、紛れもない事実である。    


5.国家権力の掌握

 資本家(ブルジョワジー)へと転身したもとの封建領主たちは、その後、資本主義を活性化させるため国家権力を掌握することに腐心するようになる。

 なぜか。それは、国家権力の本質を見ればよく分かる。

 第一に、それは「領土の支配権」を持つ。それはつまり、領土がしっかりと安定していれば、他国との経済競争において、関税などの手段をとおして優位に立つことができるということだ。

 第二に、国家権力は「固有の法」を制定できる。それはつまり、資本家にとって都合のいい法を国民(労働者)に課すことができるようになるということだ。

 第三に、国家は「課税権」を持つ。資本主義システムにおいては、これが国家収入の主要かつ圧倒的な経済的源泉になる。

 最後に、国家は「軍事力を独占」する。軍事力は、他国との経済競争を有利に進めるための最大の武器だった。

 こうしてウォーラーステインは次のようにいう。

観念的には、資本主義には、国家機構から干渉を受けない私的企業家の活動が必然的に含まれている、と考えられがちである。しかし、実際には、そんなことが言える例はどこにもない。    


6.インターステイト・システム

 国家と資本家とは長らく癒着関係にあった、ということに加えて、もう1点、見過ごされてしまいがちな点がある。


「近代国家は、完全に自律的な政治体などでは決してなかった。つまり、国家というものは、ひとつのインターステイト・システムの不可欠な一部として発展し、形づくられたものである。〔中略〕際には、主権が完全な自立を意味するなどと主張されたことはただの一度もないのである。」

 それはいったい、どういうことか?

それはまず、より強力な諸国が弱小国家に課す制約としてはじまり、ついで諸国が相互に制約しあう規則となったもので、しかるべき強国の意志と能力によって、強制されたのである。    

 要するに、国家主権など絵に描いた餅にすぎず、資本主義においては、いつでも強国が弱小国に干渉し、自国の儲けのために搾取してきたというわけだ。


7.バランス・オブ・パワー

 しかし資本家は、国家が強大になりすぎることも許さなかった。


というのは、強力になりすぎた国家機構はフリーハンドを得るから、国内の政治的均衡を望んで、国内の平等を求める圧力に耳を貸しかねなかったからである。この脅威を逃れるためには、資本蓄積者は他国の国家機構と手を結ぶかもしれないという脅しをかけてでも、自国のそれに圧力をかける必要があった。その際、この脅迫が意味をもつためには、どこか一国が他のすべての国を圧倒する、といった状況にはないことが絶対条件であった。」

 このことが、国家間における「勢力均衡(バランス・オブ・パワー)」の根拠となった。 

「そこでいう勢力均衡とは、インターステイ卜・システムに組み込まれている第一級の列強、およびそれに続く比較的強力な諸国が、同盟関係を維持――ないし必要とあれば修正――しての強国が他の諸国を征服し尽すことがないようにしようとする傾向のことである。    


8.ヘゲモニーとその衰退

 しかし、バランス・オブ・パワーが保たれたのは、このような資本家たちの作戦によるものだけではなかった。

 歴史上、経済的ヘゲモニー(覇権)を握ったのは、ウォーラーステインによれば17世紀オランダ、19世紀イギリス、20世紀アメリカの3カ国だけだが、これらはいずれも、そのヘゲモニーを永続させることが原理的にできなかったのだ。

 その理由は大きく3つある。

「ひとつは、他国より高い効率を生み出した諸要国はつねに他国によって模倣されてしまう、という事実であった。」

「第二には、ヘゲモニー国家は、何ものによっても妨げられることのない経済活動の自由を維持することに強い関心を抱いており、したがって、国内の再分配政策によって労働者との平和を買い取ろうとしがちであった。しかし、時間が経つにつれて、このような政策は競争力の喪失につながり、ひいてはヘゲモニーの終焉を結果した。」

「そのうえ、ヘゲモニー国家が広大な地域と水域の防衛「責任」なるものを負うにつれて、経済的負担はむやみに膨脹し、「世界戦争前の低い軍事支出の水準を守れなくなってしまったのである。    


9.労働・社会主義運動とナショナリズム

 こうした資本主義たちに対しては、やがて2つの反システムの運動が起こってくることになる。

 労働・社会主義運動と、ナショナリズムである。

 これら2つは、もともとは別々の運動だった。つまり、労働・社会主義運動は、資本主義の中核地域における、資本家に対する労働者の対抗であり、ナショナリズムの方は、辺境地域における民族的弱者の対抗だったのだ。

 しかしこれらは、やがて融合していくことになる。

「労働・社会主義運動の指導者たちは民衆を動員し、国家権力を行使するには、何はともあれ、ナショナリストたちが提示している問題が重要な鍵を握っていることに気づいた。他方、ナショナリストの陣営でも、ちょうどその逆の事実を発見したのである。民衆を効果的に動員し、支配するためには、より平等な構造への社会改造を求める労働者たちの意向を汲み取らないわけにはいかなかったのである。こうして、お互いの課題がほとんど重なりあい、組織の形態上の差もあまりなくなって、結局両者が融合して単一の機構になってしまうと、反システム運動の力は、とくに世界全体をひとつの集合体としてみた場合のそれは、劇的に強化された。」

 反システム運動は、やがては共産主義国家の樹立という事態にまで発展した。

 しかし結局、これもうまくはいかなかった。

「なぜなら、「資本主義的世界経済」のなかに組み込まれている限りは、いかなる国であれ、資本蓄積の進行という至上命令がシステム全体を通じて作用してきたからである。革命による国家構造の変化によって、資本蓄積の政治局面は変化した。しかし、資本蓄積そのものが終息したわけではないのだ。」    


10.性差別と人種差別

 ウォーラーステインによれば、性差別人種差別は、資本主義システムにおいて制度化されることになったものである。

 まず性差別について、ウォーラーステインは次のようにいう。


「生産的労働(すなわち賃金労働)は、第一に成人男子(父親)の仕事であり、そうでなくても、せいぜい世帯内の他の(より若い)成人男子の仕事ということになった。これに対して、非生産的労働――つまり、自給的労働――は、主として成人女子(母親)の仕事となり、それについで、他の女性たちおよび老人や子供の仕事ということになったのである。」

「史的システムとしての資本主義が成立すると、女性労働の評価がどんどん下がってきたのである。〔中略〕性差別は、こうして制度化された。」

 もう一方の人種差別は、「半プロレタリア」を必要とする資本家たちのもくろみによって正当化されたものである。

「世界経済」の辺境における経済活動の報酬がいかに低く抑えられたかについては、すでに論じた。こうした世帯を「つくり出す」ひとつの方法――言いかえれば、家族の再編を強制する方法のひとつ――は、史的システムとしての資本主義の内部における社会生活を「民族集団別の編成にする」やり方であった 。」   

要するに人種差別とは、労働者の階層化ときわめて不公平な分配とを正当化するためのイデオロギー装置であった。    


11.資本主義の終焉

 以上から、ウォーラーステインは資本主義から別のシステムへの移行の必要性を説く。

 確かに、労働者の生活水準はそれなりに向上した。しかしそれは、あくまでも工場労働者の話である。世界レベルで見れば、それはごく少数の人たちである。

工業に従事する労働者などというものは、いまでも世界の人口のなかでいえば少数派でしかない。世界の労働人口の大多数は農村地区に住んでいるか、農村と都市のスラムのあいだを往ったり来たりしている人びとで、かれら活は〇〇年前の祖先たちのそれに比べて悪化しているのである    

 ウォーラーステインは、来るべき世界を次のように描き出す。

「われわれが関心をもつのは、歴史具体的なシステムとしての社会主義だけであるこのような意味での社会主義は、少なくとも次のような特徴をもった史的システムでなければならないだろう。すなわちそれは、平等や公正の度合いを最大限に高め、また人間自身による人間生活の管理能力を高め(すなわち民主主義をすすめ)、創造力を解放するような史的システムでなければならないであろう。    

 本書は次のような言葉で締め括られる。

「二〇五〇年ないし二一〇〇年に、資本主義の文明を振り返ることがあるとすれば、そのとき、われわれは何を考えるだろうか。たぶん、われわれは、〔資本主義の文明に対して〕よほどアンフェアになっているだろう。新しいシステムとしてのコースが選ばれたとすれば、その前にあったシステム、つまり、資本主義の文明のシステムのことは、悪くいう必要があると感じるはずである。その欠陥を強調し、それが達成した成果は無視するだろう。三〇〇〇年頃ともなれば、それ〔資本主義的世界システム〕を、人類史上の魅惑的な演習であったとして、回想することになるかもしれない。例外的で、本筋を離れた時代ではあったが、より平等主義的な世界に至る超長期の移行期のなかでも、歴史的に重要な瞬間であったとして見るか、あるいは、本質的に不安定な人間搾取の一形態であり、ったのだと見るか、それを通過した世界は、より安定的な形態に戻っていのいずれかであろう。「かくのごとく、浮き世の名誉は移ろいやすい」!」


(苫野一徳)

Copyright(C) 2015 TOMANO Ittoku  All rights reserved.