アラン『幸福論』


はじめに

 「プロポ」(哲学断章)と呼ばれる、短い断章から織りなされる本書。幸福についての、珠玉の名作として知られている。

 たしかに、本書は折りにふれて読み返したい名言にあふれている。「ん〜うまいこと言うな〜」と、しみじみうなってしまう言葉が満載だ。

 ただ、アランの言っていることは意外にワンパターンだったりもして、個人的には、哲学の巨人、ルソーヘーゲルの幸福論と比べれば、どこか物足りなさを感じないこともない。

 アラン幸福論のポイント、それはありていに言ってしまえば、「要は気持ちの持ちようですよ」ということに尽きる。「つらい、つらい」と言っているからつらくなる。だからあんまり考えすぎるなとアランは言う。

 これだけ聞けば、大した洞察でも何でもないように思えてしまうのだけれど、それを味わい深い言葉で描き出すところに、アランの名人芸がある。

 それにまた、「じゃあその気持ちの持ちようをどうやって変えたらいいんですか?」という疑問にもまた、アランはちゃんと答えてくれている。

 だから本書は、何だかんだで、やっぱりすぐれた幸福論だ。少なくとも、折りにふれて読み返したいと思わせる、魅力的でステキな本だ。


1.ピンを探せ

 本書の書き出しは、アレクサンドロス大王の名馬ブケファラスについて。

 他の人たちは、「なんて気性の激しい馬だ。これは生まれつきにちがいない」と、この荒馬に見向きもしなかった。

 しかしアレクサンドロスは、彼を見事に手なずけた。手なずけるポイント(ピン)を、探り当てたのだ。

 ここからアランは次のように言う。

人がいらだったり不機嫌だったりするのは、よく長時間立たされていたせいによることがある。そんな不機嫌にはつきあわないで、椅子を出してやりたまえ。


2.考えすぎず、体の調子を整えよ

 アラン幸福論のポイントは、あれこれ余計なことを考えすぎるなという点にある。

 じゃあどうすればいいのか?答えはあっけないほどに簡単だ。

 体の調子を整えよ。

「ビクともしない人間のからだが、毎日、躁状態から鬱状態へと、また鬱から躁へと変わっている。多くの場合、食事の仕方によって、また歩き方や注意力、本の読み方、天候によって。そこで君の機嫌がよくなったり悪くなったりする。まるで波のうえの小舟のように。ふつうの場合、そのニュアンスに多少の差があるだけだ。何かに専念している限り気にもとめないが、暇になると、ああでもないこうでもないとやり始める。ささいな理由がどっと出てきて、これが原因でこれが結果であると考え出す。

 憂鬱な人は、あれこれいらぬことを考えて、自分で自分の首をしめているだけである。

憂鬱症といわれている人たちのことを考えてみる。あの人たちはどんな考えに対しても悲しい理由をちゃんと見つけてしまうだろう。何を言われでも傷ついてしまう。彼らを憐れめば、侮辱されたと思い、救われがたい不幸のように思ってしまう。何も文句を言われないと、今度は自分にはもう友だちなどいないのだ、この世でひとりぼっちなのだと思いこむ。

 余計なことを考えず、「遠くを見よ」。そうアランは言う。

憂鬱な人に言いたいことはただ一つ。「遠くをごらんなさい」。憂鬱な人はほとんどみんな、読みすぎなのだ。人間の眼はこんな近距離を長く見られるようには出来ていないのだ。広々とした空間に目を向けてこそ人間の眼はやすらぐのである。


3.幸福とはやりたいことができること

 人は強制を好まない。だから、自分のやりたいことをやれることが幸福だ。

「人間は自分からやりたいのだ、外からの力でされるのは欲しない。あんなに刻苦する人たちも、強いられた仕事はおそらく好まない。だれだって強いられた仕事は好きではない。」

 でもまた同時に、嫌なことがあったとしても、とりあえずやってみたまえ。そうアランは言う。そして毎日を、規則正しく生きてみたまえ。

「始めは無理にやらねばならないこともある。乗り越えねばならないものはいつもある。仕事を規則正しくすること、そして困難を、さらなる困難をも乗り越えること、これがおそらく幸福に至る正道である。」

 
4.自分で自分の首をしめるな

 いつも不平不満をもらしてばかりの人たちがいる。

 でも彼らは、自分で自分の首をしめているだけだ。

 汽車旅が退屈だと言って不満をたれるのではなく、景色を眺めてその汽車旅を楽しめばいい。雨が降ってきたと言って不満をたれるのではなく、その雨音に耳を傾けてみればいい。


「今これを書いている時、雨が降っている。瓦に雨の音がして、無数の雨樋が切れ目なく歌っている。空気が洗われて、まるで濾過されたみたいだ。雲は切れ切れになった華麗な衣装のようだ。こういう美しさがわかるようにならねばならない。〔中略〕君が不平不満を言ったところで何ひとつなくなりはしないのだ。」
「だから、天気の悪い時にはいい顔を。」



(苫野一徳)

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