ヘーゲル『歴史哲学講義(下)』


はじめに

ファイル:Hegel portrait by Schlesinger 1831.jpg 上巻で「東洋」の歴史を詳細に論じたヘーゲルは、続いてついに、「自由」の自覚を得た精神のはじまり、すなわちギリシャローマについて、そしてその「自由」の実現を達成した、少なくともその実現を目前に控えた、ヨーロッパへと論を進めていく。


 近代にいたって、人間はついに自らの精神の本質である「自由」を自覚した。そしてフランス革命とその後の動乱期を経て、それを実現するための根本原理をつかみ取った。

 本書では強調されていないが、他のページでしばしば述べている、「自由の相互承認」の原理がそれである。

 この原理を、いかに今後現実のものとしていくか。これこそが、わたしたちがヘーゲルから引き継ぐべき「哲学」的課題である。


1.ギリシャ


①個と共同体の美しき一体化

 ギリシャにおいて個人の「自由」の精神が芽生えた1つの理由として、ヘーゲルはまずその地形を挙げる。

「ギリシャ精神の形成のはじまりをたずねるにあたって、あらためていうべき第一のことは、国土の地形が、住民に強大な力をおよぼす統一的で均質な特徴をもたず、その多種多様な地形は決定的な影響力をあたえることがない、ということです。したがってまた、家族や民族が大規模に統一されることもなく、自然の細分化された力とたたかうのに、人びとは個々人をあてにし、個人の小さな力をおしひろげていこうとしました。」

 均一性のない多種多様な地形。これが、さまざまな自然のあり方と立ち向かう、個々人の力への自覚を生み出した。

 それゆえギリシャでは、自然に翻弄されながらも、これを個人の力で制御しようという精神が生まれた。

「自然にたいしてまったく不安定で散漫な態度をとり、偶然にひきまわされ、外界の動きに一喜一憂する。かと思えば、外界の精神に注目してその本質をとらえ、勇気をもって自力で外界とたたかうこともあった。これが、ギリシャの文化と宗教の基本的な要素です。」

 それは、自然の偶然と個人の力の間にある、ある意味では中間的な状態だといえる。したがってそこには、まだ絶対的な「自由」の自覚というものは生まれていない。

「中間段階にあるギリシャ精神は、自然から出発しつつ、自然を精神の形成物へとかえていきます。だから、精神はいまだ絶対に自由だとも、完全に自主的ないし自発的だともいえない。」

 このような状態において、ギリシャではどのような精神が高貴なものとされたか。それは、個々人の精神と共同体の精神が、美しく一体化している状態である。

「個々人の特殊な感覚のありかたや意思と共同体的なものとが一体化している。まさにそのことがギリシャ人の性格を美しき個人たらしめている。」

 それゆえギリシャ神話もまた、そのような精神のあり方として描かれることになる。

 インドの神の主役は、あくまで自然力にある。しかしギリシャは、これを人間化する。

「なんらかの自然力を内実として、それに外から人間の形をかぶせただけなのがインドの神だとすれば、精神的なものを内実とし、自然的なものはたんなる出発点にすぎないのがギリシャの神です。しかし他方、ギリシャの神はいまだ絶対の自由な神ではなく、人間的な限界をもつ特殊な精神であり、外界の条件に左右されるような特定の個性をもつ精神だといわねばならない。客観的に美しい個体の形をとるのがギリシャの神々です。神の精神が、ここではまだおのれの精神性を自覚せず、目に見える形でそこにおかれている。」

 さて、個人の精神と共同体の精神の美しき一体化、これがギリシャにおいて尊ばれた精神のあり方だが、このことが、ギリシャにおける民主制の基礎ともなっている。ヘーゲルはいう。

「ギリシャの真の民主体制のよりどころは、その正当性と絶対の必然性が、市民に内在する客観的な共同体精神にささえられる点にあります。」

 近代の民主制は、これとはまた違った精神性に支えられている。近代においては、個人と共同体は一体でなければならないわけではなく、個々人の自由を可能にする共同体をいかに作り上げていけるかと考えられるのだ。この点が、ギリシャの民主制と近代の民主制の根本的な違いである。

 したがって古代ギリシャ人は、「祖国のために生きるという習慣を深い反省もなしにうけいれるのです



②思考の芽生えとギリシャの没落

 さて、しかしこの美しき一体化を、分裂させる契機がやがてギリシャに登場する。

 ソフィストやソクラテスに象徴される、「主観的な反省」の登場だ。「反省」は、現状がこれで本当にいいのだろうかという破壊的な役割をもたらすことになる。

「ひとたび反省が登場すると、各自が自分独自の意見をもち、もっといい正義があるのではないかと考え、現存秩序にあわせて行動するかわりに、自分の内面に確信をもち、こうして、主観的で自立した自由がはじまる。個人は現存体制にさからって、一切を良心にもとづいて決定することができるようになる。

 時は、ペルシャ戦争におけるギリシャの勝利から、ペロポネソス戦争においてアテネがスパルタに敗北していく頃のこと。

ソクラテスはペロポネソス戦争のはじまるころに、思考の絶対的自立という内面性の原理を公然と表明していました。かれの教えによると、人間は正義や善の本質を自分の内部に発見し認識すべきで、この正義や善はその本性からして普遍的なものだ、ということになる。」


 世界史の舞台は、こうして自らの思考の世界へと移行していく。個人の精神と共同体との、美しき一体化はもはやない。

 それは、世界史的には大きな進展の契機となった。しかしギリシャにとって、それはギリシャの終わりを意味していたのだ。

 このギリシャの没落を、ヘーゲルはある種の敬愛をもって次のように描き出している。

堕落の過程にあってもアテネの精神は堂々としている。精神が自由をうしなわず、自分のさまざまな面を純粋に、ありのままに、けれん味なくしめすからです。アテネ人がその共同体精神を陽気に気軽に埋葬していくさまは、愛すべき光景であり、悲劇のなかにも明朗さがあります。」


2.ローマ世界


①法と道徳との分離

 歴史の舞台はローマへと移る。ヘーゲルは、ここにおいて人は「自由」という一般原理を知ることになったと主張する。

「ローマにいたってようやく自由という一般原理、ないし、抽象的な自由があらわれてくる。それは、一方で、抽象的な国家や政治や権力を具体的な個人の上におき、個人に徹底した従属を強いるものであるとともに、他方で、一般的な権力に対立する人格を、――ギリシャ的な個性とは区別される自我の内面的な自由を、つくりだします。人格こそが法の根本的な基礎だからです。」

 ローマは略奪によって生まれた国だ。土着民が支配され、国家体制の中に取り入れられていった。

こうした建国のありさまが、ローマの特性を決定する本質的な基礎となっていることを見のがしてはなりません。そこからただちに出てくるのは、苛酷きわまる規律と、個を犠牲にして集団の結束を固める方法です。」

 ローマはこうした過酷な規律国家だったが、しかし精神は、この時すでに「自由」を知っていた。それゆえ国家体制も、中国のような絶対専制ではあり得なかった。

「ローマにいたってはじめて、道徳と法がきっぱりと切りはなされ、心や情感を消しさった外面的な法原理が見いだされたのです。」

 法に絶対的に拘束される個人と、内面の自由を持ちうる個人。この2つの個人の概念が、ローマにおいて登場することになる。そしてこの分裂こそが、後に個人の自由という契機をさらに自覚させていくきっかけとなったのだ。

「ローマ人は、法と道徳の分裂の犠牲者といえますが、後世の目から見ると、まさにこの分裂によって精神の自由が獲得され、有限で外面的な法の領域をぬけだした内面の自由が獲得されたといえる。」

 しかしローマ人にとっては、この二重性こそがつねに問題の所在だった。たとえば宗教においては、次のような問題が起こってくることになる。

「ローマの宗教には、内面的な宗教心とまったく外面的な目的意識という二要素があることになります。世俗的な目的はなんでもござれで、宗教によって制限されるというより、むしろ正当化されます。」

 内面的な宗教心と、世俗的な目的の分裂。この分裂がバランスを崩すと、いっさいが世俗的な目的のために正当化されることになる。

 こうしてローマの行動原理は、いつしかきわめて利己的なものとなっていく。その象徴が、カトーの有名なエピソードだ。

「カトーは元老院の審議のたびに、「とにかく、カルタゴを破壊しなければならないと思う」といいましたが、これが正真正銘のローマ精神です。」

 利己心のみが行動原理となり、それぞれの利己心のぶつかり合いが国を動かす原動力となる。ここにおいて国家はまとまりを失い、ただ崩壊を待つばかりであるかに見えた。


②カエサル

 しかしここに、カエサルが登場することになる。

「かれが世界史的人物たる資格をもつのは、ローマの矛盾をうまく調整し、ローマが必要とするまとまりをつくりだしたからです。」

 が、このカエサルも、利己心のぶつかり合いの原理の前に殺害されることになる。

「にもかかわらず、ローマのもっとも高貴な人びとさえもが、カエサルの支配は偶然の産物で、状況の全体がカエサルの個性のなせるわざだと考えている。キケロがそうだし、ブルトゥスやカシウスがそうです。かれらは、ひとりの個人さえ遠ざければ、おのずと共和制がもどってくると考えた。」

 しかしローマの現実は、もはや皇帝を、つまり一人の個人を必要とする時代へと突入していた。


③帝政期とキリスト教

 帝政期が始まると、ローマ人の精神は次のようなものとして特徴づけられることになる。

「ローマ人の生活はこうです。一方には、運命としてのしかかる抽象的な全体支配があり、他方には、個の抽象体たる人格がある。」

 ここにおいては、取るべき方向は2つしかなかった。支配におもねり即物的な快楽を得ようとするか、内面の自由をめがけて戦うか。

 こうして、後者の精神を象徴する宗教、キリスト教が登場することになる。


3.ゲルマン世界


①第1期:民族大移動〜カール大帝

 ローマはゲルマン民族の大移動によってついに失墜していくが、このゲルマン民族は、ローマ世界に根づいたキリスト教を受け入れる。ヘーゲルはいう。

「ゲルマン人は、まずはじめに、外にむかってながれだし、世界に広くあふれだしていき、文明民族の腐敗し空洞化した国家を征服する。そしてそのあと、異質の文化、異質の宗教、国家機構、立法制度に刺激をうけて、ようやく民族としての発展がはじまるのです。かれらの民族形成は、異質なものを内部にうけいれ、それを乗りこえるという形をとるので、その歴史は、どちらかといえば、自分のなかに入って自分と関係していく歴史です。」

「そうなったのは、キリスト教世界が完成した世界だからです。原理は満たされ、一日がとどこおりなく終了するのがキリスト教で、理念がもはや不満を感じるということがない」


②第2期:十字軍遠征〜教会と国家の分裂

 カール大帝によって統一されたフランク国家だったが、その死後3つの反動によって王国は分裂していくことになる。


反動の第一は、フランク王国の統一支配にたいする各民族の反発で、この反発によって大王国は分割されます。第二の反動は、法権力や国家権力、支配・服従の関係や臣下召集令や裁判機構にたいする個人の反発です。〔中略〕第三の反動は、目の前の現実にたいする教会の精神的な反発です。」

 こうして、徐々に教会が力を持ち始める。そしてこの時のキリスト教の教義の中に、すでに後の十字軍の萌芽が潜んでいた。ヘーゲルはそのように指摘する。

 キリスト教は、人間の本性と神の本性が絶対的に同一である、という前提と、人間は精神たるかぎりで神の概念に一致する本質と実質をもつ、という前提」をもっている。しかしこれは、次のように単純に具現化されていた。

「肝心なのは、人間がこの統一を意識し、その意識をたえずよびさましていることです。それをおこなうものとされるのがミサであり、聖パンはキリストがそこにいることをあらわします。」

 ミサにおける聖パンの儀式。パンをキリストに見立てるこの象徴化作用の中に、後の十字軍の萌芽があったのだ。

「東洋ではずっと以前から偶像崇拝がさかんで、長い論争ののちにもなおおこなわれていますが、霊像や聖画はまだしもイメージされたものです。ところが、西洋の中世人は、もっと野蛮なことに、直接手に触れることのできるものをもとめ、ここに聖遺物崇拝があらわれます。

 聖遺物崇拝。これが行く所までいったのが、聖地奪還という野望だったのだ。

 ところが振り返ってみると、十字軍で得られたものは何もなかった。

「墓のなかにキリスト教の究極の真理があるわけではない。」

 信徒たちは、そう気づくようになる。

 しかしこれが、キリスト教にとっても、そしてヨーロッパにとっても、きわめて大きな精神的糧となる。ヘーゲルはいう。

「こうして、キリスト教世界に、人間は神のごときこの人を自分自身のうちにもとめなければならない、という意識がうまれ、それによって、人間の主体性が絶対的に価値あるものとなり、主体はみずから神と関係する資格をあたえられます。これが十字軍遠征の絶対の結論であって、そこから、自己を信頼する時代、自主的に活動する時代がはじまります。」

 大切なものは、あちら側にあるわけではない。それは己の精神の中にあり、己の精神は、みずから神と関係しているのだ。

 これが、十字軍を経てゲルマン世界がついに気づいた精神の境地だったのだ。


③第3期:近代

 この精神が生み出した最大の事件が、宗教改革だ。ヘーゲルはいう。

「主体の自由な精神が普遍的な形式を強くもとめるとき、客観的な精神があらわれるのです。〔中略〕そこに宗教改革の本質的な内容があって、人間はみずから自由たらんとする決意をかためたのです。」


 人間が自らの自由を強く自覚した最大の契機、それこそが宗教改革にほかならない。

 この精神の自覚は、やがてさらにラディカルに、学問として、つまり啓蒙思想として開花していくことになる。


内面性の最後の頂点が思考です。思考をしていないときの人間は、他なるものと関係していることになって、自由ではない。〔中略〕精神はいまや思考の次元に到達しました。」

 思考によって、人間はまず自然を理解しようとする。そのことで、自然を制御し自らの自由を得ようとする。

 そしてその思考は、自らの精神にもまた向けられる。

「現在の意識のもとでとらえられる自然法則、正義、善などの一般観念が、理性と名づけられるものです。そして、理性の法則にこそ真理がある、と考えるのが啓蒙思想です。

 一切を人間の理性のうちに捉えようとする思想が、ついにゲルマン世界において花開いたのだ。それは宗教改革で得られた精神性の、ある意味では行きつく先だった。

「ルターは、精神の自由と、具体的な神と人間との和解を獲得し、人間の永遠の使命たる神との合一が、人間自身の内部で生じなければならないことを堂々と宣言しましたが、人間の内部で生じ、人間の内部で生き生きと保持される真理の内容については、外からあたえられるもの、宗教によって啓示されるもの、と考えていた。いまや、この内容までが精神の現在に属し、わたしが内面的に確信できるものだ、という原理が確立され、一切がこの内面の土台へとつれもどされねばならないとされるのです。」


④フランス革命

 この精神が現実のものとして現われたのが、フランス革命だ。

 ドイツでは、プロテスタントが浸透しすでに思考の世界において現実との折り合いがついていた(精神の自由を知っていた)。しかしカトリックの分裂した精神(精神は自由なのに教会が一切の権力を握っている)を抱えていたフランスは、現実を革命によって切り開かねばならない状態にあった。

抽象的原理をかかげるドイツ哲学の当面する、現実の具体的な世界は、精神の要求を内面的に満足させ、良心にやすらぎをあたえるような世界です。というのも、プロテスタントの世界そのものが、思考のなかで自己意識の絶対の頂点を意識にもたらすものであるとともに、共同体の法をやすらかにうけいれつつ、宗教と一体化したプロテスタントの心情が、個人の権利や国家体制をめぐるすべての法的内容の源泉となっているからです。つまり、ドイツでは啓蒙思想が神学と手をとりあう間柄にあるのですが、フランスでは逆に教会とまっこうから対立します。

 こうしてフランス革命は起こった。それは、哲学によって現実を変革した世界史的事件であったといっていい。ヘーゲルはいう。

フランス革命が哲学に刺激をうけて生起した、といういいかたに異をとなえる必要はまったくありません。」

 人類は、ついに思想にしたがい現実を築き上げるまでに至ったのだ。

「太陽が天空にあって惑星がそのまわりをまわるようになって以来、人間が頭で、つまり思想でたち、思想にしたがって現実をきずきあげるといったことはなかった。ヌ(知性)が世界を支配する、と最初にいったのはアナクサゴラスだったが、いまはじめて人類は、思想が精神的現実を支配すべきだと認識するにいたったのです。ここには、まさしく、かがやかしい日の出がある。

 さて、しかしフランス革命の後には、ロベスピエールによる恐怖政治、ナポレオンの失脚と復古王政と、世界史はめまぐるしく激動した。そして今、この王政に対しては、ふたたび個人の自由を対立させた思想や運動が起こり始めている。

 が、ここでいう個人の自由は、いまや単なる「原子」としての個人の「わまがまま」を意味するにすぎなくなっている。ヘーゲルはその現状を次のようにいって嘆く。

「このような形式的かつ抽象的な自由に執着するかぎり、確固たる組織は成立のしようがない。特定の政治機構があらわれると、ただちに自由がそれに異をとなえる。特定の政治機構は特定の意思であり、つまりは、特定人のわがままだというわけです。こうして、多数者の意思が内閣をくつがえし、これまでの反対党が内閣を組織する。が、反対党が政府となったとたんに、その政府に多数者が反対することになり、こうして不安定な動きがいつまでもつづきます。」

 が、ひとたび己の自由を自覚した人間精神は、いつの日かこの問題も克服するだろう。ヘーゲルはいう。

「この相剋、この交錯、この問題は、いまわたしたちの歴史に突きつけられているもので、未来の歴史が解決しなければならない問題です。


 以上、ヘーゲルの壮大な歴史観が披瀝された『歴史哲学講義』を見てきたが、その底に流れる有神論的形而上学体系については、何度もいってきたように、わたしたちは今日まともに取り上げる必要はない。

 しかし、世界史を人間の「自由」の進展の歴史と捉えることには、そして近代にいたって、わたしたちはついに、各人が「自由」になるためにはどうすればいいか、その「原理」を自覚したのだということについては、今日なお、すぐれた洞察というべきではないかとわたしは思う。

 その原理は、本書ではあまり強調されてはいなかったが、『精神現象学』や『法の哲学』から十分に読み取れる、「自由の相互承認」の原理である(ヘーゲル『精神現象学』『法の哲学』のページ参照)。

 理念的には、この「自由の相互承認」をもって、ヘーゲル的にいうならば世界史はある意味で完成した。あとは、この理念をいかに現実のものとしていくか。それが最も重要なテーマとなる。

 それは「未来の歴史が解決しなければならない問題」だとヘーゲルはいう。

 まさに、わたしたちの時代に託された大きな課題だというべきだろう。


(苫野一徳)



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