ヘーゲル『歴史哲学講義(上)』


はじめに

ファイル:Hegel portrait by Schlesinger 1831.jpg 歴史を哲学する。ヘーゲルによって初めて着手され、そしてある意味では完成されたこのテーマ。

 人類にとって、世界史はいったいどのような“意味”をもっているのか。ヘーゲルはこのテーマに、該博な知識と強靭な思考をもって答えていく。

 本書は、1822年から31年まで、ベルリン大学で行われた最晩年の講義の草稿と、受講生のノートをもとに、ヘーゲルの死後出版されたもの。


 ヘーゲルの他のページ等でも何度もいっていることだが、ヘーゲル哲学の体系それ自体は、検証に耐え得ない「形而上学」、すなわち「フィクション」だといっていい。

 人間は、絶対精神(神)の精神を分与された存在である。その本質は「自由」であり、人類はこの「自由」を歴史を通して実現していく……。

 検証に耐え得ないこの「有神論」体系それ自体は、わたしの考えでは今日もはやかえりみられる必要はない。

 しかしそれでもなお、人類の歴史を「自由」の展開の歴史とみた彼の歴史観それ自体は、これを「絶対に正しい」というべきではないが、歴史の見方としてきわめてすぐれた洞察であり、そしてまたこれからの世界を「構想」する上で役に立つ。

 ヘーゲルの「歴史哲学」は、その後、歴史学の父と呼ばれるランケブルクハルトらによって、激しく批判されることになる。いわく、歴史を精神の運動として捉えるなどという「哲学」的な解釈は歴史学にはふさわしくなく、歴史学はあくまでも「実証」学問であるべきである、と(ブルクハルト『世界史的考察』のページ等参照)。

 しかし、どのような「実証」も、それが何らかの「観点」からの実証である以上、常に「解釈」に支えられている。歴史をいかに「解釈」するかという哲学的考察は、したがって、実証以前の、そして実証と相互作用して進められていくべき、きわめて重要な、そしてたえず他の解釈にも開かれ続けた探究というべきだろう。

 本書を読めば、ヘーゲルがどれだけ歴史に造詣が深かったかもよく分かる。ここでは細かな歴史的事象をいちいち取り上げることはできないが(アフリカの見方や風土論など、興味はつきないのだが)、しかしこれら事象に、ヘーゲルがどのように見事な「哲学」的解釈を与えたかについては、ある程度入念にみていくことにしたいと思う。

 ところどころ、「自由」の展開という自らの理論にひっかけて、歴史的事象を強引に解釈しすぎているのではないかと思われる節もないではない。しかしそれでも、彼の歴史解釈からは、哲学者の強靭な知性と、そして自由の王国を築き上げたいとする熱情が伝わってくる。


1.哲学的な歴史とは何か

 本書でヘーゲルは、まず歴史の3つの見方を取り上げる。

 1つは、事実そのままの歴史。ヘロドトスやツキディデスなどに見られる、自分たちが目の当たりにした歴史を書き連ねていく歴史叙述のことだ。

 2つめは、反省をくわえた歴史。これは、『史記』などに見られる通史や、歴史から実用的なものを引きだしたり、歴史に批判を加えようとしたりする時の、歴史叙述のことだ。

 そして3つめが、本書で展開される哲学的な歴史

 その本質は、歴史は「理性的」に進行しているのだということを洞察することにある。

哲学が歴史におもむく際にたずさえてくる唯一の思想は、単純な理性の思想、つまり、理性が世界を支配し、したがって、世界の歴史も理性的に進行する、という思想です。」

 現代の読者は、ここで早くも「フィクション」性を強く感じて、敬遠してしまいたくなるのではないかと思う。ヘーゲルはさらにいう。

「理性――という表現をここでは神と関係づけることなくつかっておきますが、その理性が、実体であり、無限の力であり、みずから自然的生命および精神的生命をなりたたせる無限の素材であり、この内容を活性化させる無限の形式でもあることが、哲学的認識をつうじて証明されるのです。」

 理性という言葉を「神」とは関係づけることなく使うとはいうものの、本書の最後では、わたしの歴史哲学こそ正真正銘の「弁神論」であるといっているから、ここでも彼の念頭には、「理性=神の精神」という図式が置かれていることは間違いないだろう。

 しかし先述したように、わたしの考えでは、この「弁神論」「有神論」的形而上学体系については、現代まともに取り上げる必要はない。

 が、この「神」の項を取り除いた後に浮き彫りにされる、ヘーゲルの歴史に対する洞察それ自体はきわめて見事だとわたしは思う。

 ヘーゲルはいう。

「自由こそが精神の唯一の真理である、というのが哲学的思索のもたらす認識です。」

 精神の本質は自由である。これがヘーゲル哲学の最重要テーゼだ。わたしたち人間は、(それが神の精神を分与されているからかどうかはさしあたり措くとして、)どうしても「自由」をめがけてしまわずにはいられない存在なのだ。

 そしてヘーゲルは、この観点から歴史を次のように捉える。

精神は自由だ、という抽象的定義にしたがえば、世界の歴史とは、精神が本来の自己をしだいに正確に知っていく過程を叙述するものだ、ということができる。」

 世界史とは、精神が自らの本質である「自由」を展開していく過程である。

 これが世界史を哲学的に捉えるということであり、ヘーゲルは以下で、歴史の流れを追いながら、このことを立証していくことになる。

 その大きな流れは、次の有名な言葉にいい尽されている。

東洋人はひとりが自由だと知るだけであり、ギリシャとロマの世界は特定の人びとが自由だと知り、わたしたちゲルマン人はすべての人間が人間それ自体として自由だと知っている

 これはいったいどういうことか。以下に見ていくことにしよう。


2.東洋

 東洋は、大きく中国インドペルシャエジプトに分けられる。

 歴史は東洋に始まる。そうヘーゲルはいう。しかしここにおいて、人びとは個人の「自由」というものをいささかも知らない。

「歴史のはじまりをなすのは東洋です。この世界の根底にあるのは共同体精神という素朴な意識で、主観の意思はさしあたり共同体精神を信仰し、信頼し、それに服従するものとしてあります。国家生活のなかには、理性的な自由の実現と発展のさまが見てとれますが、その自由が主観の自由にまで到達する力はない。歴史の幼年期です。」


①中国 

 中国では、皇帝のみが絶対であり、それ以外は平等に「不自由」である。ここにおいては、宗教もまた、皇帝が天との一般的な関係をつかさどるのみならず、特殊な関係もまたまったく皇帝の手ににぎられている」

 このように、ただ1人が自由であることを知っている中国では、学問にもまた、個人の生き生きとした「精神」というものがない。そうヘーゲルは主張する。

「学問はこの上なく尊敬され、保護育成されるかに見えながら、他方、内面性という自由な土台と理論的探究へとむかう本来の学問的関心が、中国にはありません。自由で観念的な精神の世界がそこにはなく、学問と名づけられるのは経験的な性質のものばかりで、本質的に国家の役にたつもの、国家と個人の必要を満たすものにすぎません。」

 それゆえ「哲学」もまた、自らの内側を反省しそこに自由を見出すといった、精神性の高いものが現われない。孔子の教えについて、ヘーゲルは次のようにいっている。

「孔子の主著のなかには、まっとうな道徳的発言が見られますが、全体として、むだ話や反省や脱線が多く、内容は通俗道徳をこえるものではありません。」


②インド

 続いてインドを見ていこう。ヘーゲルは、インドは空想と感情の国です」と述べ、次のようにいう。

「夢見るインド人は、わたしたちが有限な個物と名づけるどんなものにでもなるし、同時に、無限で無制的な普遍者へと昇りつめて神にもなります。インドの世界観はまったく一般的な汎神論であり、しかも、思考にもとづく汎神論ではなく、想像力にもとづく汎神論です。」

 個人は、想像力によって変幻自在に神的領域と合一することで安寧を得る。そこに「自由」な精神の自覚はない。ヘーゲルはそう主張する。

 もっとも、そこには精神と自然とのある種の調和をめざす契機が現われていて、その点、絶対的に不自由であった中国に比べれば精神の進展がある。

 が、人びとは、結局自らの内側に引きこもり、精神は硬直し、それが制度として現われたのがカースト制度ということになる。

「インドのそれは、個人の階級がうまれつきによって本質的に決定され、それにしばられつづけるというこまった特質をもっています。」

 この固定化によって安寧を得るインドの精神は、したがって、個人の「自由」の自覚をほとんど持っていない精神だといえる。

「インドには対立の原理がなく、自由は、自然に存在する意思としても、主体的な自由としても、存在しない。つまり、国家に固有の土台たる自由の原理がまったく欠けていて、本当の意味での国家は存在しえないのです。これが第一のいうべきことで、中国がまるごと国家であるとすれば、インドの政治体制は一民族をなすにすぎず、国家ではありません。」


③ペルシャ

 続いてペルシャだが、ヘーゲルは、ここにおいてようやく世界史が動き始めるという。


「中国とインドが停滞しつづけ、自然のままな植物的な生活を、なんとか現在にいたるまでもちこたえているのにたいして、ペルシャは、歴史の存在をしめす唯一の証拠ともいうべき、発展と変革の経験をもっています。〔中略〕発展の原理はペルシャ史とともにはじまるので、だからこそ、ペルシャ史が世界史の本来のはじまりとされる。というのも、歴史における精神の一般的関心は、主観の無限の内面性へと到達すること、絶対的な対立を経て和解へといたることにあるからです。」


 中国は専制、インドはカーストにおいて、永続的に固定されている。

 しかしペルシャにおいて、人ははじめて、個人の自由という精神を知る。そしてそれゆえ、大きな対立・激動が起こり、そのことで、世界史が大きく進展していくことになる。

 この個人的な精神の芽生えは、ペルシャの宗教、ゾロアスター教を見てもよく分かる。

「アフラ・マズダは光の国の主、善の主であり、アリマンは闇の主、悪の主です。が、二つをうみだすさらに高位の、対立なき普遍的な存在があって、それは「ツェルヴァナ・アカラナ」(はてしなき全体)と名づけられます。この全体は、形のない、まったく抽象的なもので、そこからアフラ・マズダとアリマンがうまれてきます。こうした二元論は、東洋では普通はよくないものとされるし、実際、対立が絶対的に固定されるとすれば、固定する力は、むろん、宗教にふさわしからぬ知性というべきです。が、精神が対立をもたねばならないのも事実で、二元論の原理は精神に固有の原理であり、具体的な精神は、区別を本質とするのです。〔中略〕この対立を克服したとき、精神ははじめて第二の誕生をむかえるのです。」

 ゾロアスター教には、善と悪、光と闇の二元論がある。ここにはすでに、精神が何がしかの絶対的なものに対し、自らの「自由」を自覚し始めた萌芽がある。そうヘーゲルは主張する。

 ただし、この対立は、克服され再統一されるということがない。

「ペルシャの思想原理の唯一の欠点といえば、対立の統一が完全な形で認識されない点にある。というのも、アフラ・マズダとアリマンのもとになる初源の全体、というあいまいなイメージが、統一として最初におかれるだけで、区別が生じたあとに、それをもう一度統一するという過程がないからです。

 これが、キリスト教との決定的な違いである。後述するように、キリスト教にはこの再統一の契機があり、そこにより高い精神性の現れがある。ヘーゲルはそう主張する。


④エジプト

 東洋の最後に、エジプトが論じられる。

 ヘーゲルは、エジプトおいては、後のギリシャへと橋渡しされる精神性の萌芽が見られるという。

エジプト人の精神のすぐれたところは、かれらが厖大な芸術作品をうみだす巨匠だった点にあります。その精神がもとめたのは、壮麗さでも遊びでも満足でもない。精神を突きうごかしていたのは、おのれを理解したいという衝動であって、自分がなんであるかを教示してくれ、自己実現をたすけてくれる素材ないし土台としては、石になにかを刻むことしかなかった。そして、精神が石に書きこんだものが、謎のような象形文字だったのです。」

 しかしエジプトには、アフリカ的な野蛮さもまだ残っている。

「一方の極にあるのは、特殊なものへの途方もないこだわりと執着、アフリカ的残酷さをともなう野蛮な感覚、動物崇拝、享楽生活、です。」

 が、また同時に、ここには自由をめがける精神の萌芽がある。

「もう一方の極にあるのは、解放をめざす精神の努力、空想の像を思いえがきつつ、抽象的思考をはたらかせて力学的に像をつくりだす労働、です。」

 この両者の間で常に揺れ動いているのが、エジプトの精神だとヘーゲルはいう。


3.ギリシャへの移行

 自らの自由な精神の自覚。このエジプトにおいて萌芽の見られた精神性が、ついにギリシャにおいて花開くことになる。

 アポロン神殿の入り口に刻まれた、次の言葉にそれは象徴されている。

「人間よ、なんじ自身を知れ」

 歴史的には、ギリシャへの移行はペルシャから起こった。しかし精神的には、それはエジプトから受け継がれたものだといっていい。

 ヘーゲルはいう。ペルシャは、ギリシャのような高い精神性に達することができなかった。そしてそれこそが、ペルシャが歴史の舞台を、ギリシャに明け渡さなければならなかった理由なのだ、と。

ペルシャが虚弱だったからペルシャ帝国は没落したのではなく(バピロンの没落はそうだったが)、組織されたギリシャ軍にたいしてペルシャ軍は未組織の烏合の衆だったがゆえに、帝国は没落した。低い原理が高い原理に敗れたのです。





(苫野一徳)



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