トッド『世界の多様性』


はじめに


 トッド30代の代表的著作、『第三惑星』(1983)と『世界の幼少期』(1984)を1冊に併せた大著。

 世界の人々のイデオロギーは、実はその地域の「家族システム」に規定されている!


 この驚くべき仮説は、その後学界に激しい議論を巻き起こした。


 しかしトッドの膨大かつ網羅的な実証研究は、今日、この仮説をかなりの程度実証しているように思われる。


 トッドの説には、かつて「決定論」との批判が寄せられた。しかしトッドは言う。これは空想的な決定論などではなく、十分検証可能性に開かれたものである、と。


 そして、世界のある種の「法則」を知ることは、悲観的な決定論などではなく、むしろ未来を予測し制御することにつながるのだと主張する。


「重要なのは、決定作用を理解するのは、その束縛から逃れるためであり、決して完璧ではあり得ないながらもより大きな自由へ向けて進むためであるということである。」


 トッドの理論は、シンプルに言うと次のようなものになる。


 世界にはきわめて多様な家族システムがある。そしてそれは、過去何百年にもわたって続いてきたものだ。


 この家族のあり方が、わたしたちの「考え方」(イデオロギー)を規定する。


 そして近代化は、人々が抱くこの「イデオロギー」の違いを、白日のもとにさらけ出したのだ。


 近代化とは、まず何よりも「識字化」だ。この識字化を通して、多くの人びとが自らの考えを表明し行動するようになった時、それぞれの社会に長らく根付いてきたイデオロギーが爆発することになる。


 たとえば、イングランド革命フランス革命ロシア革命は、いずれも人々の識字化に伴って起こった革命だった。


 そしてこれら革命は、いずれも異なったイデオロギーを標榜した。


 イングランド革命は、自由主義的だが不平等主義。フランス革命は自由・平等。ロシア革命は、権威主義的で平等主義。


 これらはいずれも、そもそもその地域の「家族システム」に根ざしたイデオロギーだったのだ。



 弱冠25歳にして、乳幼児死亡率のデータから、当時だれも考えつくことさえなかったソ連の崩壊を「予言」したトッド。その後世界金融危機アラブ革命までをも「予言」した彼の、その「世界を見る目」の原点・秘密がここにある(『帝国以後』『アラブ革命はなぜ起きたのか?』『文明の接近』のページ参照)。

 


『第三惑星―家族構造とイデオロギー・システム』


0.家族システムがイデオロギーを規定する


 先述したように、トッドの大胆な仮説は、人々の「イデオロギー」は、実はその地域の「家族システム」に規定されているというものだ。


「イデオロギーの領野は、どこでも家族システムを知的な形式に転写したものであり、基礎的な人間関係を統御している根本的な価値――例えば自由、平等、そしてその反対物――を社会的レベルに転換したものである。」


 ここでいうイデオロギーは、端的には「自由」「平等」をめぐる考え方をさす。


 そしてそれは、基本的には①父親と子どもの関係と、②兄弟間の平等度に依存する。


 父親の権威が強い地域は、イデオロギー的には「自由」をあまり重視しない傾向がある。


 他方、兄弟間の(遺産相続上の)平等がある地域では、イデオロギーもまた平等主義的になる。


 本書でトッドは、この仮説を実証する。


 そこで彼は、まず世界の家族システムを次の8つに分類する。



絶対核家族
平等主義家族
権威主義家族
外婚制共同体家族
内婚制共同体家族
非対称共同体家族
アノミー家族
アフリカシステム

 以下、これら家族システムがどのようなイデオロギーを持ちやすいかが分析される。



1.外婚制共同体


 まず外婚制共同体から。


 これは、ロシア中国に顕著にみられる、「結婚している息子たちと両親の同居」が特徴の家族形態だ。


 そして、いとこ同士の結婚がない。つまり外婚制(いとこ同士の結婚が多い場合を内婚制という)。


 この家族ステムにおいてはまた、遺産相続において兄弟間の平等が定められている。 



 このような家族システムにおいては、「自由」度は少なく「平等」度の高いイデオロギーが生まれやすい。

 そして、まさに「自由」がなく「平等」を目指す「共産主義」は、この家族システムにおいてのみ広まった。そうトッドは指摘する。

ロシア、中国、ベトナム、ユーゴスラヴィア、アルバニア、ハンガリー――つまり自発的に共産主義革命をおこなった旧大陸の六カ国――はすべて外婚制共同体型である。


2.権威主義家族

 権威主義家族の典型は、ドイツ、オーストリア、スウェーデン、ノルウェー、ベルギー、ボヘミア、スコットランド、アイルランドなどヨーロッパに多いが、日本や韓国もまた数え入れられる。


 ここでは、父親の権威が強いため「自由」主義イデオロギーの度合いは低く、遺産相続も長子相続が基本で兄弟間が不平等のため、「平等」主義のイデオロギーも低い。


 ドイツのナチズムや日本のファシズムは、このような背景をもって表出したのだ。トッドはそう指摘する。



3.平等主義核家族



 平等主義核家族の典型は、フランス北部やイタリアの北部・南部など。

 相続上の規則によって兄弟間の平等が定められ、結婚した子どもたちと両親の同居もない

 したがってこの家族システムは、自由主義的で平等主義的なイデオロギーを生みやすい。


 自由・平等・博愛を唱えたフランス革命の舞台となったパリ盆地は、まさにこの平等主義的核家族の社会だった。


 トッドは言う。


「自らの進歩の理念に従って人民を教育し、範を示していると思っていた教育者や衒学者たちは、人類学的な性質の願望と隠された感情を表明していたに過ぎないのだ。近代性がフランスの田園地域を捉え、その伝統を破壊したと思われたそのとき、実は近代性の方が人類学的条件によって信任されたのであった。」



4.絶対核家族



 絶対核家族は、アングロ・サクソン世界やオランダ、デンマークなどに典型的に見られる。

 結婚した子供たちと両親の同居がないのは「平等主義核家族」と同じだが、遺産相続は遺言による相続が多い。したがって、完全な平等主義とはいいがたい。

 ここにおけるイデオロギーは、自由主義的だが、若干不平等主義的なものになりやすい。


 実際、イングランド革命では自由主義的で不平等主義的な社会が実現し、アメリカもまた、人種隔離主義をとってきた。


「英国人はすばらしき分離を好み、アメリカ人は隔離主義を好む。


 しかしそれでも、アングロ・サクソンの人々は、これまで何とか平等主義を実現させようと試みてきた。トッドはいう。


アングロ・サクソンの普遍主義は、明確な人類学的構造によって決定されたフランスやロシアのそれのようには自然なものではない。それは他者の平等を認めるための意識的な努力の結果なのである。



5.内婚制共同体家族


 内婚制共同体家族は、アラブ世界に典型的にみられるものだ。


 その特徴は、まず結婚している息子たちと両親の同居。遺産相続の仕方が兄弟平等。そして、いとこ同士の結婚がひんぱんにあるという点だ。


 ここでのイデオロギーは、結婚が自由でないという意味で自由主義的ではないが、兄弟間が平等のため平等主義的なものとなる。


 ただし、自由主義的ではないといっても、それは権威主義的家族のものとは違っている。


 というのも、権威主義的家族においては父親の権威が強いが、内婚制においては、父親ではなく慣習の力が支配しているからだ。


 そしてトッドは言う。まさにこのようなイデオロギーを持つイスラム教が決定的に広がったのは、この内婚制共同体家族においてのみだった、と。


 そして言う。この内婚制家族は、人類史上最も結束の固い家族システムだ、と。


「そこでの理想は妻は従姉妹、義理の父はオジ、甥たちは潜在的な婿となるのである。」


 外婚制のように、外部から「嫁」をとるということがない。だから大家族は、まさに文字通り「大家族」なのだ。



6.非対称共同体家族


 共同体家族には、外婚制と内婚制に加えて、インド南部に典型的にみられる非対称型がある。


 これは、外婚でも内婚でもなく、異性の兄弟姉妹の子供同士の結婚(いわゆる交叉イトコ婚)を奨励するものだ。


 インドのカースト制のイデオロギーは、まさにこのような家族システムから現れた、とトッドは主張する。


「つまり、すべての人々は同等の立場にはなく、誰もが結婚相手になれるわけではなく、人はみな平等ではない。」


 そして言う。輪廻の思想は、このようなカーストのイデオロギーを、和らげると同時に補完するようなものなのだ、と。


輪廻は形而上的な地平において、人類さらには世界そのものが一体性をもつものとして提示することによって、カースト・システムを和らげるとともに補完しているのである。不平等が一生という一時のものであり、永遠には続かないものとして位置づけられているのである。」


 このあたり、何となく強引な気もしないではないが、インドの思想が、ウパニシャッドから仏教に至るまで、なぜ「輪廻」の思想を絶えることなく持ち続けてきたのか、その1つの仮説的説明にはなりうるだろうと思う。



7.アノミー家族


 アノミー家族は、ビルマ、カンボジア、ラオス、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、マダガスカル、南アメリカのインディオ文化にみられる。


 兄弟間の平等は不確定で、結婚している息子たちと両親の同居は理論上拒否されているが、実際上は受け入れられている。また血縁結婚は可能であり、しばしば頻繁に行なわれる。


 ここでは、自由主義と平等主義の度合いがかなりあやふやだ。


 ただ言えるのは、女性の地位が比較的高いため家族の教育力が高く、それゆえ近代化のプロセスに入ると、識字化も早いスピードで進むということだ。


 近代化・識字化については、この次に収められている『世界の幼少期』で詳論される。



8.アフリカシステム


 アフリカの家族システムは、資料が少なすぎるのと、あり方が断片的すぎるのとで、確固たる家族システムに数え入れるのが難しい。


 ただ特徴としては、一夫多妻制離婚が多く見られるという点があげられる。



9.『第三惑星』の結論


 以上、本書でトッドは、世界各国・各地域に広がったイデオロギーが、実は大昔から続くその地域の家族システムに規定されているのだということを実証することを試みた。


 膨大かつ網羅的データを駆使したトッドの説には、かなりの説得力があると私は思う。





『世界の幼少期―家族構造と成長』

1.成長とは何か


 続いて収められた『世界の幼少期』において、トッドは、今日人は「成長」といえば「経済的成長」のことだと考えているが、実はそれは「成長」のごく一部にすぎないのだと主張する。


 もっと重要な指標は、「識字率」の向上「出生率」の低下にある。経済的成長は、その後に起こる現象なのである。


 本書におけるトッドの目的は、『第三惑星』でみた8つの家族システムそれぞれがもつ、この「成長」への潜勢力を明らかにすることにある。


 識字率と出生率、これに大きくかかわるのは、親の権威女性の地位である。それはつまり、家族における教育力が高いということだ。



2.結論


 ヨーロッパ、ロシア、第三世界の家族システムと、そこにおける教育力をトッドは本書で分析していくのだが、ここでは一気に結論を述べることにしたい。


「事実を検証すれば、権威主義的で女性の地位が比較的高い家族システムが、識字率の地図の上で内発的な成長の中心としての姿を現わしていることが分かる。双系制で縦型であるスカンジナヴィア、ドイツ、日本、韓国のシステムや母系制で縦型のケララ、スリランカ、ミナンカバウのシステムがそれである。反対に、強い反女性主義が、アラブ諸国やインド北部で成長プロセスを著しく阻害するものとなっている。これら二つのケースを両極にし、その中間態としていくつもの家族システムが存在する。」


 ヨーロッパや日本が早い近代化を遂げたのには、こうした家族システム上の条件があったのだ。


「ヨーロッパ大陸の早いテイクオフは一般的な優越性からきたのではなく、人類学的な構成要素の有利な配分によるのである。」


 そしてトッドは主張する。歴史的にいって、若い男性の70%が識字化される頃、社会は大変動を迎えてきたと。


 イングランド革命、フランス革命、ロシア革命など、社会の大変動(トッドはこれを後に「移行期危機」と呼ぶ)は、大衆の識字化によってもたらされたのだ。


 そしてこの革命を導いたイデオロギーは、実に多様だ。この多様性が、実はそれぞれの地域の家族システムに規定されていたのだということが、先にみた『第三惑星』で明らかにされたことだった。


 本書の最後を、トッドは次のように締めくくる。


「リズムの相違はあるとはいえ、識字率の上昇は普遍的な現象なのである。現在の統計学的なカーブによれば、あまり遠くない将来、完全に識字化された世界、つまり無知から解放された世界をかいま見ることができるのである。もちろんそのような状況は、識字化と完全な経済的テイクオフとの間にかなりの時間が必要であるとしても、もっとも緊急を要す人口問題と、経済問題の解決に繋がるものであろう。世界の歴史で特権的な瞬間となるこの未来の瞬間は、文字の発明から人類全体がそれを習得するまでの数千年に及ぶ長期の学習の終了を意味する。それは人類の長い幼少期の終わりを印すものである。」


 進展に差はあるものの、人類がやがて完全に識字化されることは確かだ。そしてその過程において、これからも移行期危機は訪れるだろう。


 ちなみに本書から30年後、トッドはこの考えに基づいて、「識字率」と「出生率」のデータを精査しアラブ革命を「予言」することになる(トッド『アラブ革命はなぜ起きたのか?』『文明の接近』のページ参照)。


 人類が長い「幼少期」を終えた時、現代社会が抱える人口問題と経済問題の解決もまた、わたしたちは期待することができるかもしれない。


 トッドは本書を、そのような希望の言葉で締めくくる。


(しかし実はその後30年、トッドは、現代社会がデモクラシーの危機に瀕し始めているかもしれないという危惧を表明することになる。詳細は『デモクラシー以後』『自由貿易は、民主主義を滅ぼす』のページを参照されたい。)



(苫野一徳)

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