西田正規『人類史のなかの定住革命』


はじめに

 名著の誉れ高い本書。最初に出版されたのは1986年だが、21世紀になって、これからの社会を構想する思想家たちの間で改めて大きな注目を浴びるようになっている。

 人類が定住して、約1万年。しかしそれまでの数百万年の間、人類はただひたすら遊動生活を続けてきたのだった。

 「定住革命」は、不安定な生活から安定した生活への進歩を必ずしも意味しない。

 それは、不快なものや危険なものから「逃げる」という、最も基本的な生存戦略を取ることができなくなったということでもあったのだ。

 それだけではない。定住すれば、環境汚染が起こり戦争が起こる。見方によっては、人類はきわめて過酷な環境に自らを追いやったのだとさえいえる。

 なぜ、そしてどのように、人類はこの「定住革命」を遂げたのか。

 西田は本書で、この問いに挑む。


1.遊動生活

 今日もなお、世界には「遊動民」がいる。彼らを観察していると、一見何の意味もないのに、突然キャンプを移動するということがよく起こる。

 それは一体、なぜなのか?

「私たちには、巨大化した大脳に新鮮な情報を送り込み、備わった情報処理能力を適度に働かせようとする強い欲求があるものと考える。好奇心というものがそれであろう。そのために、もしも新鮮な情報の供給が停止することになれば、大脳は変調をきたして不快感を生じることになる。退屈というのはそのような状態であろう。」

 人類は、そもそも一所にとどまることができないのではないか?それはわたしたちを、ひどく退屈させてしまうのだ。

 にもかかわらず、なぜ人類は1万年前、定住生活を選ぶことにしたのだろうか?


2.定住の問題

 定住にはさまざまな問題がつきまとう。

「定住民は、人から逃れることも困難であるばかりか、蓄えた食料や財産からも逃れられない。それを守るには、人と人との間にさまざまな防御の壁を作るしかないのである。

 定住民は、争いから逃れることも、貯め込んだ食料や財産から離れることもできない。

 そしてまた、定住民は「死者」から離れることもできない。墓地を作り、死者たちとの何らかの関係を築いていかなければならない。

 それが、厄除等の儀式を生むことになった起源だろうと西田はいう。

 そのような問題を多く抱えているとはいえ、先述したように、人類にとって定住とはひどく退屈なものである。そこで西田はいう。

「定住者は、行き場をなくした彼の探索能力を集中させ、大脳に適度な負荷をもたらす別の場面を求めなくてはならない。そのような欲が、どんな場面に向けられるのか予見することはできないにしても、定住以後の人類史において、高度な工芸技術や複雑な政治経済システム、込み入った儀礼や複雑な宗教体系、芸能など、過剰な人の心理能力を吸収するさまざまな装置や場面が、それまでの人類の歴史とは異質な速度で拡大してきたことがある。」

 芸術、儀礼、宗教などは、定住の結果起こった精神的営みなのだ。


3.なぜ定住することになったのか?

 ではこのような定住革命は、いったいなぜ起こったのだろう?

 最大の要因は、やはり環境要因だ。

 氷河期が終わり、大型獣がいなくなる。その結果人類は、温帯へと移住していかなければならなくなった。

 もう1つの要因は、すでにその頃、人類が調理や保存という技術を身につけていたことだ。そのおかげで、人類は大型獣に頼らなくとも、植物や小型獣だけで食いつないでいくことが可能になったのだ。

 最初の定住は、栽培ではなく漁撈から始まったと西田は考える。

「栽培は定住生活の結果ではあっても、その原因であったとは考えられないのである。人類史における初期の定住民は、農耕民ではなく、日本における縄文文化がそうであったように、狩猟や採集、漁撈を生業活動の基盤においた非農耕定住民であっただろう。」

 栽培より、定置漁具による魚類資源の利用の方が、おそらくはるかに簡単だったのだろう。


4.ヒトはいかにヒトになったか?

 西田はさらに歴史をさかのぼり、人類誕生の秘密に迫る。

 なぜわれわれ人類だけが、類人猿の中からヒトになることができたのか。

 西田はいう。それはまず、人類の祖先が中型類人猿であったからだと。

 大型にはとても敵わない。かといって、小型猿のようなすばしっこさがあるわけでもない。

 そこで人類は、道具を手に取った。人類の誕生は、ここに始まった。

 実際、現代においては中型類人猿だけがいないのだという。中型が人類に進化した証拠ではないかと西田は考える。

 道具を手にしたことが、すべての始まりだった。というのも、そのために二足歩行が起こり、人類はサバンナへと足を踏み入れることになったから。

そのためには、手がいつも自由でなければならず、樹上にいることはむずかしい。地上に降りて二足で歩き、棒や石を持ち運ぶしかないのである。

 従来、人類はサバンナに出たことで環境に適応してヒトになったのか、それとももともとヒトになっていて、そこからサバンナに出たのかという論争があった。

 西田は、以上の理由から後者の説をとる。さらに、およそ50万年前に絶滅したギガントピテクスの例もこの説を支持しうる。ギガントピテクスは、サバンナに進出した唯一の大型類人猿だった。にもかかわらず、彼らは環境に適応し「人類」になることがなかったのだ。


5.家族と言語

 最後に西田は、人類のまさに人類たる所以、家族言語について考察する。

 その考察の出発点もまた、中型類人猿の「道具使用」だ。

 武器使用とはすなわち、猿社会における危機を意味する。相手を簡単に殺すことが可能になるからだ。

 そこでまず、それまでの「乱交」状態が見直されることになる。それまではボスが雌を独り占めしていたが、そのことで殺される危険があるくらいなら、性の対象を固定化してしまったほうがいい。

「性の対象をある程度固定的に分配するシステムとしての家族の成立は、乱交的な性関係では避けられなかった性にまつわる緊張関係を軽減するのに、大きな効果を持ったと考えることができる。家族を形成することは、道具を持ち歩く人類が安全を保障するために支払った代償である。」

 これが家族の起源である。西田はそう主張する。

 言語もまた同様だ。

 類人猿は、互いに攻撃し合わないということを、毛づくろいをしたり抱き合ったりすることで示す。

 しかし武器を持った者同士が接触するのはきわめて危険だ。

 そこで人類は「言葉」を生んだ。それはまず、「安全保障の言語」であったはずだ。

「棒や石を持ち歩き、大きな破壊力を手にした人類社会が発達させたであろう原初的な言語は、現代のわれわれの言語活動になぞらえて言うなら、挨拶やムダ話、罵倒や非難などの場面において使う「安全保障の言語」活動であっただろう。」

 そのずっと後、おそらく50万年ほど前に始まった温帯での生活を通して、人類は「仕事をする言語」を身につけた。それは協働の狩りを通して必要になった言葉である。

 本書の最後に、西田は、この「仕事をする言語」が「安全保障の言語」を圧迫している現代社会に警鐘を鳴らす。

「安全保障の言語」が、「仕事をする言語」によって圧迫されているのは、たしかに現代の日本社会における大きな特徴であろう。たとえば教育現場では、形式だけの挨拶が強制され、おしゃべりも、バカヤロウとののしり合うことも禁止された静かな教室から、個々の生徒の心の動きとは無関係に、「水の分子はどんな原子からできてますか。はい山田君、答えなさい」と声がする。会社では「先月の売上げ減少を至急分析して報告してくれ」といった言葉がはてしなく交わされ、そして家庭からは「そんな問題が解けないでどうするの」と聞こえてくる。

 太古の昔を研究する自らの学問成果を、つねに現代社会に資するものとして考えようとする西田の姿勢は、人類学者モース『贈与論』のページ参照)にも似たきわめてすぐれたスピリットだとわたしは思う。


(苫野一徳)

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