ユング『心理学的類型』


はじめに

 外向的とか内向的とかいう言葉は、今日一般に使われているものだが、もともとはユングによって提唱された概念だ。

 もっともユングのいう「外向的/内向的」は、「社交的/内気」という意味ではない。

 外向型は、客観的なものを重視するタイプの人のこと。内向型は、主観的なものを重視するタイプの人をいう。

 ユングは本書で、これら2つのタイプをさらに4つに分け、計8つの「心理学的類型」を描き出す。

 ただしユング自身言うように、これは人間の絶対に正しい分類などではない。

 類型化の目的は、人間にはいろんなタイプがあり、それぞれに全く異なったモードで生きているのだということを知ることで、より豊かな相互了解のきっかけを作ることにある。

 ユング自身言うように、内向型のプラトンと外向型のアリストテレスの対立以来、内向型と外向型の対立はさまざまなところで深刻な問題を生んできた。しかしこうした対立は、お互いの心理的モードの違いを理解することで、建設的に乗り越えることができるのではないか。

 ユングのこの問題意識は、きわめて妥当だしまた有意義なものだと私は思う。

 ちなみに本書で描き出される「心理学的類型」は、いわゆる「無意識」レベルの類型ではなく、あくまでも意識レベルの類型だ。

 言うまでもなく、ユングは「集合的無意識」を提唱した人としても有名だ。

 人は無意識レベルにおいて、太古から共有された「集合的無意識」を持っている。ユングはそう主張する。とりわけ後半生において、ユングはそうした無意識の世界の探究に打ち込んでいくが、しかし「意識」レベルの研究もまた、ユングにとっては、人びとの相互了解のために欠かせない重要なものだった。

 本書では、意識の世界と無意識の世界とをバランスよく行き来する、ユングのすぐれた思考を堪能できる。


1.外向型と内向型

 外向型内向型を、ユングはまず次のように区別する。

「それはつまり、一方において関心の動きが客体へと向かってゆく場合と、他方では関心の動きが客体をそれて、主体ないしは主体自身の心理的過程に向けられる場合である。」

 要するに、客観性を重視するのが外向型、主観性を重視するのが内向型というわけだ。


2.思考型、感情型、感覚型、直観型

 この外向型と内向型は、思考型感情型感覚型直観型という4つの心理的機能によって、さらに分類することができる。

 それゆえ「心理学的類型」は、さしあたり次の8種類が用意されることになる。

 すなわち、

1.外向的思考型
2.外向的感情型
3.外向的感覚型
4.外向的直観型
5.内向的思考型
6.内向的感情型
7.内向的感覚型
8.内向的直観型

 以下、それぞれを概観していくことにしよう。


3.外向的思考型

 外向的思考型は、文字通り「客観的思考」の持ち主のこと。

このタイプの人間は、自分自身に対してのみならず周囲の人々に対する場合にも、客観的な事実性、ないしはそういう事実性がそなえている客観的に方向づけられた知的な公式に決定権をゆだねる。この公式にあてはめて善悪がはかられ、美醜がきめられる。

 ただしユングは、このタイプに潜む次のような問題も指摘する。

「外向型の理想主義者で、人類の救済を実現しようとする理想を強く支持するあまりに、みずから虚偽やその他の不正な手段に訴えることもあえて辞さない、というような人々もいる。科学の分野でも、すぐれた業績をあげている研究者が、自分の信奉する公式の真実性と普遍妥当性を確信するあまりに、証拠となる資料を自分の理想に都合のいいように偽造してしまうといった、恥ずべき実例が少なくない。」

 外向的思考型の人間は、客観的真理を重視するあまり、自らが信じた「真理」のために他者を攻撃するようなこともありうるのだ。そうユングは指摘する。


4.外向的感情型

 外向的感情型は、外的要因によって自分の感情が左右されるタイプの人間をいう。

 このタイプの人は、他人の評価に依存したり、流行に敏感であったりしやすいものだ。

とえば、ある絵画が〈すばらしい〉と言われる場合にも、それは、ある家のサロンにかかっている有名な画家の署名のついた絵は一般に〈すばらしい〉ものにきまっているからとか、〈いやらしい〉などという述語を使うと幸福な持主の家族を傷つけることになるかもしれないからとか、来客の側には快適な感情の雰囲気をつくりだそうという意図があって、そのためにはすべてが快適だと感じられる必要があるから、といったような理由によるのである。」

 このタイプは特に女性に多いとユングは指摘する。女は男を外面的条件で選ぶことが多いから、と。

「この男が適当であるのは、その女性のかくれた主観的本質にぴったりかなっているからというのではなくて――女性のほうはたいていこういうことはぜんぜん知らない――彼が身分、年齢、財産、背丈、および声望のある家庭などの点で、すべてのもっともらしい要求にぴったり適合しているからなのだ。

 しかしこの点、かなりアヤシゲな議論である気もしなくはない。

 というのも、ユングは外向型と内向型は先天的なものだと言うのだが、たとえ女性が男性を外面的条件で選ぶことが多いとしても、それはおそらく先天的なものというよりは、社会的な要素により強く依存しているのではないかと思われるからだ。

 しかしともあれ、先へ進もう。

 ユングは、この外向的感情型の問題を次のように指摘する。

 感情型においては、「思考」が抑圧されている。感情を抑えるのはいつも思考であるからだ。

 しかしこの抑圧された無意識がせり上がってくると、次のような問題が表れることがある。

その結果は、もっとも高く評価されている客体のまわりに無意識の思考が寄り集まってきて、この客体のもつ価値を情け容赦なく引きずりおろす、ということになる。


5.外向的感覚型

 外向的感覚型は、外界からの感覚・知覚をそのままに重視するタイプの人を言う。

「リアリズムということにかけては、外向的感覚型と肩をならべられるような人間のタイプはほかにはない。」

 このタイプの問題も、ユングは次のように指摘する。

 感覚型において抑圧されているのは、「直観」だ。直観は、外界の情報を「そのまま」受け取るのではなく、多かれ少なかれ加工するようなものであるからだ。

 したがってこの無意識に抑圧されていた直観がせり上がってくると、次のような問題が起こることになる。

「奇想天外な臆測が生まれてきて、性的対象が問題になる場合には、嫉妬からくるさまざまな空想とともに、いろいろな状態の不安が大きな役割を演ずることになる。事態が悪化すると、あらゆる種類の恐怖症、特に強迫症候があらわれてくる。」


6.外向的直観型

 先述したように、「直観」は外界の情報を多かれ少なかれ加工する。

 というより、「直観」は加工可能な外界の情報をこそ喜んで受け取るのだ。

「直観型の人間が見いだされるのはいつでも、可能性が存在している場合であって、〔中略〕彼は芽生えてくるもの、未来を約束するものに対する繊細な嗅覚をそなえている。

 このタイプの人は、自らの能力をできるだけ多方面に伸ばしたいと思うものだ。

「彼の直観は外界の客体を相手にして、外界の可能性をうまくかぎだす性質のものであるから、彼は好んで、自分の能力をできるだけ多方面にのばしていくことのできるような職業につく。商人、企業家、相場師、仲買人、政治家などの多くはこのタイプに属している。」

 しかしこのタイプにも、また大きな問題が起こりうる。

「直観型の人間には、自己の人生をひどくあっさり浪費してしまうようなところがあって、ほかの人々や事物に生気をあたえたり、自分のまわりに豊かな人生をくりひろげたりするのは彼なのだが、しかし、そういう生気に満ちた豊かな人生を生きるのは、彼ではなくて他の人々なのである。」


7.内向的思考型

 以上、外向型の4類型について述べてきた。続いて内向型について見ていこう。

 外向的思考型が「事実」の発見に能力を発揮するのに対して、内向的思考型は、いわば事実の解釈に能力を発揮する。

「それは新しい事実を提出するということにかけては、間接的な価値しかもっていない。このタイプの思考がおこなうのは、なによりもまず新たな見解を伝えることであって、新たな事実の認識を伝えるというようなことは滅多にしないからである。それは問題や理論を提起し、展望や洞察を開示するが、事実に対してはひかえめな態度しかしめさない。」


8.内向的感情型

 内向的感情型は、「客観的なものに順応しようとはせず、むしろ、無意識的に、自分の存在の根底にあるいくつかの像を現実化しようと試みることによって、自分を客観的なものよりも上位におこうとする。」

 内向的思考型とは方向性が全く同じだが、それがより感情的であるという点にだけ違いがある。


9.内向的感覚型

 内向的感覚型は、自らの内側に向けた感覚が研ぎすまされたタイプであって、芸術家に多い。いわば心象風景を受け取る力に長けたタイプだと言えるだろう。


10.内向的直観型

 内向的直観型は、自らの心象風景に、何らかの可能性を見て取るタイプである。ユングによれば、予言者空想家に多い。

 ちなみにユングは、いわば人類に普遍的な集合的無意識というものがあると主張したことで知られているが、本書では、内向的直観型は、この共有されている集合的無意識を読み取るタイプのことだという。

直観は新たな可能性ばかりでなく、将来実際におこるようなことまでかなりはっきりと予見することさえできる。直観がこのような予言者的な先見の明をそなえていることは、それがあらゆる経験可能な事物の合法則的な経過の表現である原始類型と関係していることから、はっきりと説明がつくのである。


11.真の了解のために

 以上、ユングによる8つの「心理学的類型」を概観してきたが、冒頭でも述べたように、ユングはこの研究を、ただ分類のための分類として研究したのではなく、人びとの相互了解のために行ったのだということを、最後に改めて記しておきたい。

「私の考えでは、心理的前提条件の相違が承認された場合にだけ、真の了解が達成されるのである。

 それぞれ異なった心理タイプがあるのだということを知れば、「そうか、あいつは外向的思考型だから、内向的感情型の自分とは全然違うモードで生きているんだな」ということに思い至れるようにもなるだろう。

 そうすれば、余計な対立などしなくて済むようになるかもしれない。

 ユングはそう考えたのだ。

 さまざまな人間のタイプを理解することで、人は互いに寛容になれるし、承認し合えるようにもなるはずだ。

 本書からは、ユングのそうした「建設的なやさしさ」のようなものが伝わってくる。


(苫野一徳)



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