ブローデル『歴史入門』


はじめに

 20世紀、歴史学に大革新を起こしたブローデル。本書はそのブローデル歴史学の、最高の入門書だと言っていい。

 大著『物質文明・経済・資本主義』の内容が、簡潔に講演としてまとめられている。

 ブローデルは、いわゆる「アナール学派」の歴史学者として知られている。

 アナール学派の最大の特徴は、それまで「政治史」中心であった歴史学に、人口や衣食住、風俗流行、貨幣、都市といった、ブローデルの言葉でいう「物質生活」の視点を持ち込んだ点にある。

 それは、いわばきわめて壮大な全体史への試みだ。狭いテーマを実証するよりは、それらをまとめあげ、名人芸とも言うべき洞察力で歴史の流れの本質を捉える。その超マクロな歴史解釈の手法は、まさに歴史学の大革新と言うべきものだった。

 邦訳では『歴史入門』と題されているが、本書の原題は『資本主義の活力』

 資本主義とは何か、それはなぜ、どのように興隆したのか。ブローデルは本書でこの問いに答えを出す。


1.なぜヨーロッパで資本主義が起こったか?

 「交換」は、歴史的にあらゆる地域あらゆる時代において行われていた。

「例外なしに、交換のあらゆる機構と手管はヨーロッパ以外の地域にも存在した。そうした機構の発達段階、使われ方には種々の段階があり、そこに一つの階層構造を見ることができる。ほとんど上位の段階に達しているのが、日本。そしておそらくマレー諸島とイスラム世界。確かに、インドもバイシャ階級の商人によって発展させられた信用制度、その危険な事業への資金の貸付、そして海上保険の実現によって、上位とそれほどかけ離れてはいない次のレベルに位置する。底辺に位置するのが、自己充足してしまっていた中国、そしてさらにその下に、何千という未だに原始的な経済が控えている。」

 その中で、なぜヨーロッパにおいてのみ資本主義が起こることになったのか。そしてそれは、いったいどのように?


2.市場経済と資本主義

 この問いに答えるために、ブローデルはまず市場経済資本主義を区別することを主張する。

市場経済〔中略〕の本質は、生産と消費を仲介するということに尽きる

 この市場経済には、2つの形態がある。

 1つは、「予想外のことの起こらぬ『透明』な交換、各自があらかじめ一部始終を知っていて、つねにほどほどのものである利益が大体推測できるような交換」だ。

 しかし経済の発展とともに、この「透明性」にかげりが生じる。ブローデルはそれを「反−市場」と呼ぶ。

「それは実際、伝統的な市の規則、しばしば、活動を麻捧させるほど行き過ぎた規則を反故にしようとするものであったからだ。」

 つまり商人たちが、さまざまな生産品を独占しようと画策し始めるのだ。

 こうした大商人たちは、2つの点で市場における優位を獲得していた。

 1つは情報の独占、もう1つは、大量の現金を持っていること、である。

 こうなると、市当局も中々これを取り締まることができなくなる。遠隔地貿易で巨額の富を獲得した商人たちに至っては、それがまさに遠隔地貿易であるがゆえに、取り締まりも容易ではない。

 こうして商人たちが得た莫大な富から、巨大な資本蓄積が起こることになる。

こうした現象は、ドイツでは十四世紀から、パリでは十三世紀から、イタリアの諸都市では十二世紀か、おそらくそれ以前から見られた。」

 資本主義は、この不透明な市場経済から生まれることになったのだ。


3.なぜヨーロッパか?

 しかし、それはなぜヨーロッパから生ずることになったのか?

 有名な学説としては、ウェーバーによる、プロテスタンティズムの倫理がそのドライバになったというものがある。(『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』のページ参照)

 しかしそれは短絡的な解釈だとブローデルは批判する。

「北ヨーロッパ諸国はただ、それ以前に、長きにわたって繁栄し続けてきた地中海沿岸の資本主義の古い中心地が占めていた地位を引き継いだだけなのである。北ヨーロッパは、技術の面でも、商業の面でも、新しいものは何も生み出さなかった。アムステルダムはヴェネチアを模倣し、ロンドンはアムステルダムを模倣し、そしてニューヨークがロンドンを模倣する。そこで起こった変化とは、いつでも、資本主義固有の、あるいは、その秘められた本質に何ら関わらない、単なる経済的な理由による世界経済の重心の移動というだけのことである。」

 ちなみに、ウォーラーステイントッドら、アナール学派の流れをくむ現代の学者たちも、同じような観点からウェーバーを批判している。(ウォーラーステイン『近代世界システム』、トッド『世界の幼少期』のページ等参照)

 では、ヨーロッパで資本主義が勃興した決定的要因は何だったのか?

 それは、同じく交換経済が発達していた中国やイスラム社会で、なぜ資本主義が起こらなかったのかを考えれば説明がつく。

中国の国家は、資本主義の拡大につねに敵意を示し、資本主義が情勢に乗じて拡大傾向を見せるたびに、ある種の全体主義国家(今日使われているような悪い意味のそれではなく)によって、最後には封じ込まれてしまうのだった。

広大なイスラム諸国においても、とりわけ十八世紀以前は、土地所有は一時的なものでしかなかった。ここでも、土地所有は君主だけの権利だったからである。

 要するに、中国やイスラム諸国は、強大な君主が存在した、強大な国家だったのだ。

 それに比べてヨーロッパは、長らく封建制が続き強大な国家としてまとまることができなかった。

 それゆえ、資本主義の担い手であるブルジョワジーが登場しやすかったのだ。

 さらに彼らブルジョワジーは、支配階級に寄生し、彼らをなかなか打倒しつくそうとはしなかった。このことが、一定の社会的平安につながった。

 こうしてブローデルは、資本主義勃興の最大の条件をこう述べる。

「資本主義は社会秩序の一定の平穏さを、そして、国家の中立性ないし脆弱性ないし好意を必要とする。」

 ちなみに、西洋における封建制が資本主義の温床になったという学説は、実はすでにウェーバーも唱えていたものだ(『支配の社会学』のページ参照)。プロテスタンティズムの倫理を強調したという点が取り上げられて批判される向きが多いが、やや不当な気もしないではない。

 さて、こうして当初にあっては国家の弱さが資本主義勃興の条件となったのだが、資本主義が隆盛を極めるためには、今度は逆に国家と結びつくことが必要だった。

「資本主義は、それが国家と一体化するとき、それが国家であるときにのみ、栄える。その最初の繁栄期、ヴェネチア、ジェノヴァ、フィレンツェといったイタリアの都市国家において、権力を握っていたのは商業エリートだった。十七世紀のオランダでは、執政官であった貴族階級は、実業家、大商人あるいは出資者の利益にそうように、時には言いなりに統治していた。イギリスでは、一六八八年の革命が、同様に、オランダ風商業の到来を告げた。フランスでは一世紀以上遅れて、一八三〇年の七月革命によって、ようやく商業ブルジョアジーが政権の座にどっしりと腰を据えたのである。」

 ブルジョワジーは、国家の保護によってさらなる繁栄を遂げることになったのだ。


4.世界=経済

 さて、ブローデルはここで、「世界=経済」という新たな概念を提唱する。

「世経済というのは、ドイツ語のWeltwirtschaftから私が作った言葉で、経済的な全体(まとまり)を形成しているかぎりの、地球のある一部分だけの経済を意味する。

 この世界=経済には3つの特徴がある。1つめは、地理的境界を持つということ、2つめは中心を持つということ、そして3つめは、中心―中間―周辺構造を持つということだ。

 この中心−中間−周辺構造は、ブローデルの弟子とも言うべき、ウォーラーステインの『近代世界システム』でもおなじみの概念だ。

 繁栄する世界経済の中心部と、搾取される周辺部、そしてその中間地帯という区分のことだ。

 しかしブローデルによれば、彼のいう「世界=経済」には、ウォーラーステインとは若干の違いがある。

強いて違いを挙げるとすれば、イマニュエル・ウォーラステインが、十六世紀以降に形成されたヨーロッパの世界経済以外に、世界経済は存在しないと見做しているのに対して、私は、ヨーロッパ人にその全体的な姿で知られる以前に、中世、いや、古代からすでに、世界は、多少なりとも集中化され、多少なりともまとまりをもった経済地帯、すなわち、共存する複数の世界経済に分割されていた、と考えている。

 それはともあれ、この世界=経済、とりわけここではヨーロッパ資本主義は、よく知られているように、次のような脱中心化&再中心化の歴史をたどってきた。

 すなわち、ヴェネチア→アントウェルペン→ジェノヴァ→アムステルダム→ロンドン→ニューヨーク、だ。

 17世紀、世界=経済の覇権はオランダが掌握した。

 なぜ、覇権は地中海イタリアからオランダへと移行したのか。ブローデルは、リチャード・T・ラップの論文を参照・賞讃しながら次のように言う。

「そこで明らかになったのは、一五七年代以降、地中海世界が、北ヨーロッパの船と商人に執劫に悩まされ、荒らされ、強奪されてきたということ、そして、北ヨーロッパの商人たちの最初の財産は、インド会社や大航海によってもたらされたものではないということである。彼らは、地中海周辺にあった富に殺到し、硬軟あわせたあらゆる手段を駆使して、それを奪い取っていった。例えば、南部の上質の織物を故意にコピーした粗悪品に、世界的に知られたヴェネチアの商標を付けて、この「ラベル」でヴェネチアの通常の市で売りさばくといった形で、地中海に安物の製品をあふれさせていった。その結果、地中海の産業は、顧客と評判を一度に落とすことになってしまうのである。

 要するに、オランダはイタリアの富を強奪したのだ。


「ここから第二の問題が生じる。世界=経済の同心円的な広がりの中では、どこでも、勝利した中心から離れるにしたがって、恵まれない境遇になってゆくという問題である。」

 資本主義社会にあって、富は心臓部に集中するのだ。


5.現代資本主義の特徴

 この特徴は、今も変わっていない。ブローデルはそう主張する。


 現代資本主義には3つの特徴がある。

「まず、資本主義は、国際的な資源と機会の搾取の上に成り立っている。〔中略〕その現在の主要な関心事は、グローバリズムの再構築にある。

「次に、資本主義は、どんなに激しい非難にもめげずに、つねに、頑なに、合法的ないし事実的な独占に依存している。」

 しかし最後にブローデルは言う。

「普通言われているのとは反対に、資本主義は、経済のすべてを、すべての活動社会をすっかり覆っているわけではない。資本主義は、それ自身の完璧たらんとするシステムの中に、それらをそっくり取り込んでしまうことは、決してできないのである。」

 これまで暴力的たらざるを得なかった資本主義の行く末に、しかし希望があるかもしれないことを、ブローデルは言いたかったのかもしれない。


(苫野一徳)

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