フランクル『夜と霧』



はじめに

 改めていうまでもない、名著中の名著。1946年刊行。

 ユダヤ人強制収容所における極限状態の人間たちの心模様を、その内側から冷静に観察し分析した驚くべき本だ。


 そしてさし示す、希望の原理


 奇跡的に命ながらえ、1997年まで生きたフランクルだが、彼の両親、妻、子どもたちは、アウシュヴィッツにおいて、毒ガスや飢えのために死んでいった。

 しかし本書におけるフランクルの筆は、きわめて落ち着いている。それがかえって、強制収容所の恐ろしさ、そしてその中の人びとの絶望を、水面に落ちた和紙に湖水が徐々に染み渡っていくように、浮かびあがらせている。

 「実存分析」という独自の精神医学を切り開いたフランクルならではの、まさに強制収容所の人間たちの「実存分析」。(実存分析の詳細については、『死と愛―実存分析入門』を参照)

 本書はきわめて「哲学的」な本で、ここで示された考え方は、考え方としてだけ取り出すのは難しいことじゃない。

 しかし同時にまた、いやそれ以上に、本書は本来「味わう」べき本である。

 一応以下に本書の紹介・解説を書くが、下手な紹介を読むよりも、どうか直に手にとって読んでいただきたいと思う。


1.収容ショック

 フランクルは本書で、強制収容所に入れられた人たちの心模様を、第1段階「収容」、第2段階「収容所生活」、第3段階「解放」の、3段階に分けて描き出す。

 第1段階は、「収容ショック」とでもいうべきものだ。

 しかしこのショックは、一瞬恩赦妄想でやわらげられる。

「精神医学では、いわゆる恩赦妄想という病像が知られている。死刑を宣告された者が処刑の直前に、土壇場で自分は思赦されるのだ、と空想しはじめるのだ。」

 だがもちろん、そのような「恩赦」などあるはずもない。

 収容所に送られたその初日に、フランクルたちは「最初の淘汰」を経験する。

 一列に並ばされ歩かされる収容者たち。その先には看守が待ち構え、収容者たちは右か左かに振り分けられていく。

「夜になって、わたしたちは人差し指の動きの意味を知った。それは最初の淘汰だった!生か死かの決定だったのだ。それはわたしたちの移送団のほとんど、およそ九十パーセントにとっては死の宣告だった。それは時をおかずに執行された。(わたしたちから見て)左にやられた者は、プラットホームのスロープから直接、焼却炉のある建物まで歩いていった。その建物には――そこで働かされていた人びとが教えてくれたのだが――「入浴施設」といろんなヨーロッパの言語で書かれた紙が貼ってあり、人びとはおのおの石けんを持たされた。そしてなにが起こったか。それについては言わなくてもいいだろう。すでに数々の信頼できる報告によって明らかにされているとおりだ。」


2.やけくそのユーモアと、好奇心

 奇跡的に助かったフランクルによる、「第2段階:収容所生活」の分析。

 全身の毛を剃られシャワーを浴びせられると(「 シャワーノズルからはほんとうに水がふりそそいだのだ!」)、そのもはや誰が誰だかわからなくなった姿に、フランクルはふとユーモア好奇心が沸き上がってくるのに気がついた。

そうなると、思いもよらない感情がこみあげた。やけくそのユーモアだ!わたしたちはもう、みっともない裸の体のほかには失うものはなにもないことを知っていた。」

わたしたちは好奇心の塊だった。この先いったいどうなるのだろう、どんな結末が待っているのだろう。


3.何ごとにも慣れるものだが……

 こうして収容所生活が始まった。

 彼はそこで、人は何だかんだで、どうなったとしても生きていけるものだということを知る。

新入りのひとりであるわたしは、医学者として、とにかくあることを学んだ。教科書は嘘八百だ、ということを。たとえば、どこかにこんなことが書いであった。人間は睡眠をとらなければ何時間だか以上はもちこたえられない。まったくのでたらめだ。わたしも、あれこれのことはできないとか、させられてはならないとか、思いこんでいた。人は「もしも……でなければ」眠れない、「……がなくては」生きられない。」

 「……がなければ生きられない」なんてことはない。人は何にでも慣れることができるのだ。

 しかし同時にフランクルは言う。

「だが、どのように、とは問わないでほしい……。」


4.感情の消滅

 やがて収容者たちに訪れるもの、それは感動の消滅(アパシー)だ。

 最初のうちは、家族に会いたいという強烈な思いや、醜悪なものに対する激しい憎悪が沸き起こっていた。

 しかし彼らはやがて知る。何を思ってもムダなのだということを。

「苦しむ人間、病人、瀕死の人間、死者。これらはすべて、数週間を収容所で生きた者には見慣れた光景になってしまい、心が麻痺してしまったのだ。」


5.悪夢のほうがまだまし

 印象的な一節がある。

「とにかく、あれは忘れられない。ある夜、隣りで眠っていた仲間がなにか恐ろしい悪夢にうなされて、声をあげてうめき、身をよじっているので目を覚ました。以前からわたしは、恐ろしい妄想や夢に苦しめられている人を見るに見かねるたちだった。そこで近づいて、悪夢に苦しんでいる哀れな仲間を起こそうとした。その瞬間、自分がしようとしたことに愕然として、揺り起こそうとさしのべた手を即座に引っこめた。そのとき思い知ったのだ、どんな夢も、最悪の夢でさえ、すんでのところで仲間の目を覚まして引きもどそうとした、収容所でわたしたちを取り巻いているこの現実に較べたらまだましだ、と……。」


6.愛によって

 続く「愛」についての洞察も、本書の中で最も印象的な文章の1つだ。

 ある時フランクルは、別の収容所に入れられた妻のことを強く思った。

 その時、彼は大いなる発見をする。


「そのとき、ある思いがわたしを貫いた。何人もの思想家がその生涯の果てにたどり着いた真実、何人もの詩人がうたいあげた真実が、生まれてはじめて骨身にしみたのだ。愛は人が人として到達できる究極にして最高のものだ、という真実。今わたしは、人間が詩や思想や信仰をつうじて表明すべきこととしてきた、究極にして最高のことの意味を会得した。愛により、愛のなかへと救われること!人は、この世にもはやなにも残されていなくても、心の奥底で愛する人の面影に思いをこらせば、ほんのいっときにせよ至福の境地になれるということを、わたしは理解したのだ。」


 しかもそれは、妻がはたしてまだ生きているかどうかには関係がない。


「そのとき、あることに思い至った。妻がまだ生きているかどうか、まったくわからないではないか!
 そしてわたしは知り、学んだのだ。愛は生身の人間の存在とはほとんど関係なく、愛する妻の精神的な存在、つまり(哲学者のいう)「本質」に深くかかわっている、ということを。愛する妻の「現存」、わたしとともにあること、肉体が存在すること、生きであることは、まったく問題の外なのだ。〔中略〕 愛する妻が生きているのか死んでいるのかは、わからなくてもまったくどうでもいい。それはいっこうに、わたしの愛の、愛する妻への思いの、愛する妻の姿を心のなかに見つめることの妨げにはならなかった。」


7.主体性の喪失

 収容所における収容者たちに顕著な精神状態、それは主体性の喪失だ。

「群衆の中に」まぎれこむ、つまり、けっして目立たない、どんなささいなことでも親衛隊員の注意をひかないことは、必死の思いでなされることであって、これこそは収容所で身を守るための要諦だった。

 看守の気まぐれ、そして運命の翻弄、そうしたものにまみれるうちに、人びとは自分を主体的な人間とは見なさなくなっていく。

 後にハンナ・アーレントは、このように主体性を喪失させることこそが、全体主義の人間操作術であることを喝破した。(『全体主義の起源3:全体主義』のページ参照)

 強制収容所とは、まさにその究極形態だったのだ。

 しかしそれでもなお、収容所には、決して主体性を失うまいとしていた勇敢な人たちもいた。


感情の消滅を克服し、あるいは感情の暴走を抑えていた人や、最後に残された精神の自由、つまり周囲はどうあれ「わたし」を見失わなかった英雄的な人の例はぽつぽつと見受けられた。一見どうにもならない極限状態でも、やはりそういったことはあったのだ。
 強制収容所にいたことのある者なら、点呼場や居住棟のあいだで、通りすがりに思いやりのある言葉をかけ、なけなしのパンを譲っていた人びとについて、いくらでも語れるのではないだろうか。そんな人は、たとえほんのひと握りだったにせよ、人は強制収容所に人間をぶちこんですべてを奪うことができるが、たったひとつ、あたえられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない、実際にそのような例はあったということを証明するには充分だ。

 人間としての、最後の自由だけは奪えない。


8.未来への希望

 ではそれを支えるものは何だろう。

 フランクルは言う。

「未来を、自分の未来をもはや信じることができなかった者は、収容所内で破綻した。」

 絶望している人は、生きる意味がわからないと言う。

 しかしフランクルは言う。

 生きる意味を問うのじゃない。生きることがわたしたちから何を期待ているかと問うのだと。

ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。」

 20世紀という絶望の時代、「希望」の哲学を多くの思想家が説いた。(たとえばボルノー『希望の哲学』『人間学的にみた教育学』のページなど参照)

 フランクルもまた、いち早く未来への希望を説いた思想家だったと言えるだろう。


9.解放

 最後にフランクルは、収容所から解放された人びとの心理を分析する。

 まず最初に訪れるのは、非現実感である。


「わたしたちは、まさにうれしいとはどういうことか、忘れていた。それは、もう一度学びなおさなければならないなにかになってしまっていた。」


 しかしやがて、彼らは独自の苦悩を抱えることになる。

 まずは、過度の暴力性への傾向だ。

「おれたちがこうむった損害はどうってことないのか?おれは女房と子どもをガス室で殺されたんだぞ。」

 収容所経験者たちはそう考える。

 そしてまた、知人たちの反応に、不満や失意を覚えることになる。

「「なんにも知らなかったもんで……」とか、「こっちも大変だったんですよ」とかの決まり文句を聞かされると、自分に向かってそんなことしか言えないのか、と考えこんでしまうのだ……。」

 こうした心を、しっかりとケアしなくてはならない。

 自らも収容所経験者でありながら、フランクルは最後にそう強く訴える。


(苫野一徳)

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