ルソー『学問芸術論』

はじめに


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 1750年に発表された、ルソーの名を一躍有名にした論文。ディジョンのアカデミーによる懸賞論文における、受賞作。

 アカデミーから出されたテーマは、学問と芸術の再興は、習俗を純化することに寄与したか、それとも腐敗させることに寄与したか?」

 ルソーはこれに、「ノー」と答えた。

 時代はフランス絶対王政。一部の貴族たちに独占された学問や芸術など、結局は美徳の堕落に寄与するにすぎない。

 このルソーの論は、当時の思想界に一大センセーションを巻き起こした。そしてルソーは、否応なしに思想界の中心人物に上りつめていく。

 本論文で展開されたルソーの社会思想は、その後『人間不平等起源論』、そして『社会契約論』へと発展していくことになる。

 近代民主主義の基礎を作り上げた思想家の、鮮烈なデビュー作。


1.学問・芸術の腐敗

「必要は王座を築いた。学問と芸術はそれを強固にした。」

 ルソーはまずそのように言う。

 人々は、自らを守るため王をいただいた。しかしそれは、いつしか絶対権力による人々の支配となった。

 今日の学問と芸術は、その支配に寄与するものである。

 そしてそれはまた、今日人々を鋳型にはめ画一化しようとする。

「すべての精神は、同一の鋳型にはめ込まれたようにみえる。たえず人々は、礼譲からは要求を受け、行儀作法からは命令される。たえず人々は習慣に従い、自分の天性には従わない。人々はもはやあるがままの姿に自分を見せる勇気をなくしている。」


2.悪徳から生まれた学問・芸術

 学問・芸術は今日こうして堕落しているが、実は学問・芸術とは、そもそも人間の悪徳から生まれたものである。ルソーはそう主張する。

 より正確に言うと、人間の悪徳が、学問・芸術誕生のきっかけである。

天文学は迷信から、雄弁術は野心、憎悪、追従、虚言から、幾何学は吝嗇から、物理学は空虚な好奇心から生まれた。いっさいのものが、道徳そのものも、人間の倣慢さから生まれたのだ。したがって、学問と芸術は、その誕生をわれわれの悪徳に負うている。」

 特に学問には、さらなる危険性がある。

 多くの場合、学問は真理よりも虚偽に陥ってしまいがちであるからだ。

学問の探究のうちには、どんなに多くの危険が、どんなに多くの誤った道があることか。真理に到達するためには、真理が有用であること以上に千倍も危険な、どんなに多くの誤認を通り抜けでいかなければならないことか。」

 一方芸術は、今日のような虚栄の時代にあっては、偉大な作品を作り上げることができずにいる。

 誰もが、死後称賛されるような非凡な作品ではなく、その場その場で称賛されるような、平凡な作品を作ることに勤しもうとするからだ。

芸術家はみな賞讃されることを望んでいる。彼が同時代の人々から受ける讃辞は、彼の受ける報賞の最も貴重な部分である。人気の出てきた学者たちが、軽佻浮薄な若い女性に一座の音頭をとらせたり、男たちがその趣味を彼らの自由の圧制者のために犠牲にしたり、両性の一方が他方の臆病に適したことしか是認する勇気がないために、劇詩の傑作を失敗させたり、驚異的な名曲がしりぞけられたりする、そういう国民や時代のなかに、もし芸術家が不幸にして生まれたとしたら、彼はその讃辞を獲得するために、いったいどうするだろうか。どうするだろうかとあなた方はおたずねになるのか。彼は自分の天才を彼の世紀の水準にまで引き下げるだろう。そして、彼の死後久しくしてはじめて讃美されるような非凡な作品を書くよりも、むしろ生きているあいだに讃美されるような平凡な作品を書くほうがよいと思うだろう。



3.内なる良心の声

 このような学問・芸術、そして政治の腐敗の時代にあって、ルソーは人々に、自らの内なる良心の声に耳を傾けよと主張する。

おお、素朴な魂の崇高な知識である美徳よ!いったい、おまえを知るためには、これほど多くの労苦と準備が必要なのか。おまえの原則は、万人の心のなかに刻みとまれているのではないか。おまえの掟を学ぶには、自分自身を省み、情念をしずめて、良心の声に耳を傾けるだけで十分ではないのか。ここにこそ真の哲学がある。われわれはそれで満足するすべを知ろう。

 『エミール』においてルソーは、人はなる者として生まれたが、社会において腐敗する、と述べた。

 『社会契約論』においても、人は自由な者として生まれたが、社会によって不自由な存在とされてしまう、と述べた。

 今一度、「自然」、すなわち人間本性をかえりみて、どうすれば人が自由で善で幸福な存在たりうるかを問い直そう。

 それが、本論文で宣言され、ルソーが生涯をかけて探究したテーマだった。

 その後『エミール』では、そのための教育のあり方が、そして『社会契約論』では、そのための社会のあり方が明らかにされていく。


(苫野一徳)

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