『老子』

はじめに

 老荘(老子・荘子)の思想といえば、「無為自然」である。

 一切は大いなる「道」のもとに包摂されており、そこにおいてはあらゆる対立が無化される。

 小賢しい学知や栄誉や権謀術数などにとらわれることなく、ただただ「道」に従い寄り添い生きること。そうすれば、私たちは安寧な生を生きることができのであり、また安寧な社会を作ることができるのだ。老子はそのように説く。


 時は中国春秋戦国時代。いつ果てるとも知れない戦争と、それに伴い雨後の筍のように現れた思想群(諸子百家)。

 老子の思想は、おそらく、そうした絶え間ない対立の時代にあって、「道」のもとに一切を包摂することで、これら対立を解決してしまおうという動機から生まれたものなのだろう。


 現代社会に生きる私たちにとっても、無為自然は、ある意味で一つの究極的な理想的生き方と言えるかも知れない。

 しかし現実には、それはかなり難しい。たとえ個人レベルで一定可能であったとしても、老子が言うような無為の政治となると、それは極めて難しい。

 しかしそれでもなお、老子の思想は、現代においても一定の説得力をもって私たちの胸を打つ。

 世事に疲れ切った時、私たちをふと楽にしてくれる、そんな効用があるからかも知れない。
 
 ちなみに、『老子』の作者は老耼(ろうたん)とされているが、実際にはいまだはっきりとは分かっていない。どの時代の人物なのか、そもそも実在したのか、そして書物としてはいつ編纂されたのかについても、よく分かっていないのだという。 


1.道

 老子における根本思想、「道」

 それは、世界・自然の法則であり、万物を万物たらしめる根拠であり、「語りえない」ものである。そう老子は言う。

「『道』が語りうるものであれば、それは不変の『道』ではない。」

 しかしあえてたとえて言うなら、それは、形をもたないにもかかわらず万物を潤す、のようなものである。

「最上の善とは水のようなものだ。水のよさは、あらゆる生物に恵みを施し、しかもそれ自身は争わず、それでいて、すべての人がさげすむ場所に満足していることにある。」

 このような、万物の根源でありつつしなやかでおおらかな「道」にしたがって生きること、老子はそのような生き方を説く。それは、一切をあるがままに受け入れる、無為自然の思想である。

 ちなみに、中公クラシックス版『老子』の解説者である高木智見氏によると、この「道」には大きく3つの特徴がある。

「第一は、〔中略〕物事は頂点に達すれば、元に帰るという法則である。第二は、物事には二面性があり、時に現象が転化し、逆の結果となることがあるという法則。〔中略〕第三は、水や赤子、女性など、柔らかく弱い者が常に勝ち生き残るという法則」


 である。

 こうした法則を直観し、体得せよ。それが老子の、いわば「奥義」である。


2.無為

 ではそれは、具体的にはどのような生き方でありうるだろうか。

 老子によれば、われわれはまず、自我名声に執着してはならない。

「自分を見せびらかさないから、かれははっきりと見られ、自分を是しいとしないから、きわだって見える。自分でほめないから、成功し、した仕事を誇らないから、いつまでももちこたえる。かれは争うことをしない、だからこそ天下の人でかれと争うことができるものはいない。

 それは、英知を捨て、学ぶことを捨てることでもある、と老子は言う。知への執着がなければ、何も思い煩うことはないだろう、と。


3.政治思想

 老子の思想には、現実政治への言及もきわめて多い。それは一言で言って、「無為の政治」である。

「何もしないことによってこそ、すべてのことがなされるのだ。天下を勝ち取るものは、いつでも(よけいな)手出しをしないことによって取るのである。よけいな手出しをするようでは、天下を勝ち取る資格はない。」


 なぜ何もしないことによってこそ天下を勝ち取ることができるのか。老子は言う。

「天下に禁忌が多くなればなるほど、人民はいよいよ貧しくなる。人民が鋭い武器を多くもてばもつほど、国家はますます暗黒になる。こざかしい技術者が多ければ多いほど、見なれない品物がますますできてくる。法令が厳格になればなるほど、盗賊が多くなる。

 余計なことをせず、ただすべてを自然(道)に委ねるがいい。老子はそう説くのである。

 さらにこれが応用されると、人民は無知なままにしておくがよいという思想にもなる。

「人民を治めることがむずかしいのは、かれらに知恵が多すぎるからである。だから一国を治めるのに知恵をもってすることは、国の損失になるであろう。知恵によらずして国を治めることは、国にとって幸いであろう。



4.孔子批判

 老子の中には、儒教に対する批判も随所に見られる。

 老子に言わせれば、儒教の教えはあまりに世俗的であり、われわれにはつかみがたい「道」のことなど、これっぽっちも考えていないからである。

『道』が失われたのちに『徳』がそこにあり、『徳』が失われたのちに仁愛がそこにくる。仁愛が失われたのちに道義がきて、道義が失われたのちに礼儀がくる。およそ、礼儀は忠誠と信義のうわベであり、争乱の第一歩である

 「道」に従い無為自然の暮らしをしていればよいものを、人々はそのことに気づかず、人為的な徳や仁愛や道義や礼儀などというものに頼ろうとする。しかしそれは「道」にそむく行為であるがゆえに、争乱の第一歩なのである。


 無為自然の政治とはかなり現実味のない話ではあるが、このような思想が出てくる動機は、分かるように思う。

 冒頭でも述べたように、時は中国春秋戦国時代。いつ果てるとも知れない戦争や、それに伴って雨後の筍のように現れた思想群(諸子百家)。この混乱の対立期において、一切の対立を無化しようと無為自然を説く思想が現れたのは、いわば必然的であったとさえ言えるだろう。


 ちなみに『荘子』になると、この無為自然の思想はさらに徹底されてくる。『荘子』のページも参照していただければ幸いだ。


(苫野一徳)




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