クルプスカヤ『国民教育と民主主義』

はじめに

 レーニンの妻としても知られるクルプスカヤ。

 夫と共に、共産党創立のために力を尽くした革命家だ。

 本書は、社会主義の視点からみた教育思想小史と言える。

 ルソーペスタロッチオウエンらの思想をたどり、フランス革命後の教育政策を吟味しながら、しかしこれら運動は、資本主義の前に敗れ去ってしまったとクルプスカヤは言う。

 資本主義は、資本家による労働階級の搾取という非人間的な制度である。これを打ち破り社会主義を達成するためには、労働階級が教育によって社会改造のための力を養わなければならない。

 必要なのは、労働階級の底力を上げうる労働学校なのだ。

 今となっては懐かしい響きすらする言葉だが、社会における教育の重要性を、改めて思い出させてくれる著作と言えるだろう。


1.国民教育という課題

「以前にはなにも関心を持たれず、野原に草がはえるように生きていた人民大衆が舞台の上にでてきて、かれらの貧困と無知とがすべての人の気になった。「人民」について語りはじめた。はじめて人民大衆を啓蒙しなくてはならぬという問題がおこり、はじめて国民教育の問題がおこった。」

 近代の革命は、王政を倒し、人を「自由」で「平等」な存在たらしめた。しかし教育を受けることができなければ、結局人民は再び権力に従属する人間になってしまう。

 そこで国民教育の必要性が叫ばれるようになった。

 しかし、この課題に、ペスタロッチオーエンコンドルセと言った教育(思想)家たちが尽力したにもかかわらず、彼らの運動は結局うまくいかなかった。

 なぜか。そのことを教育思想史的に明らかにすることが、本書の課題だ。



2.ルソー:総合技術教育の必要性

 まずクルプスカヤは、近代教育思想の父とも言うべきルソーの思想を吟味する。

 彼女によれば、ルソーはいちはやく、総合技術教育の必要性を訴えていた。専門的な職業への準備ではなく、あらゆる職業に通底する、総合的な力を育成することの必要性である。

「ルソーは、総合技術教育を評価し、職業教育より高くおいている。それというのは、(1)総合技術教育は、どの職業にたいしても準備すること、(2)それは生徒の知的な見解を広くし、全体を把握し、各部分の関係を正しく評価させること、(3)労働の上に築かれた社会的な諸関係を評価するための正しい尺度となること、(4)それは現存する社会秩序についてほんとうの理解を得させること、だからである。」

 この発想を、クルプスカヤは高く評価する。来るべき経済社会、労働社会において、人は、どのような職業にでも就けるよう準備しておく必要があるからだ。



3.ペスタロッチの失敗

 続いてクルプスカヤは、民衆・貧民教育の父とも言うべき、ペスタロッチの思想を吟味する。

 ペスタロッチもまた、総合技術教育を重視した。貧民たちが貧困から脱することができるようになるためには、労働力を身につける必要があると考えた。

「ペスタロッチが説く教育は、勤労大衆の要求と密接に結合していて、その要求からでている。教育は、労働にたいする全面的な適性の発達にあり、教育は、実生活と密接に結合し、肉体的な精神的な力を発達させる手段を生活の中から汲み取るのである。」

 そこでペスタロッチは、教育を労働的生活と密接に結び合わせ、子どもたちが学びながら生活費を稼ぐことができる、そのような教育を志向した。

 しかしそれは大いなる誤謬であった。と、クルプスカヤは言う。

 近代資本主義の草創期にあって、ペスタロッチは、まだその恐ろしさを十分認識していなかったのだ。

「ペスタロッチの時代は、主として、家内資本主義的工業が圧倒的であり、子どもの搾取は、その頂点に達していた。このような諸条件のもとで、子どもたちの労働が、かれらの生活費を全部まかない、その上あまりがでるなどと希望することは、まったくのユートピアにすぎない。」

 どれだけ労働しても、資本主義社会において、その成果は資本家に搾取されてしまう。
それが資本主義の根本問題であり、このことに、ペスタロッチは気がつかなかったのだ。



 結局ペスタロッチの教育は、資金難により失敗してしまう。



3.ロバート・オーエン

 さて、オーエンにまで至ると、問題の本質は少しずつ鮮明になってくる。そうクルプスカヤは言う。

「ペスタロッチは、主として子どもの労働条件の変更(かれが理解していたような教育)によって、民衆を救うことができると考えていた。ロバート・オーエンは、民衆を助けるのはただ社会諸関係の全般的な変革のみであるとしている。」

 ただただナイーブに、教育と労働を結び合わせればいいというわけではない。子どもたちを過酷な労働から守り、ちゃんと勉強できる環境用意しなければならない。

1826年、ニューラナークの自分の所で、オーエンは幼児のために最初の保育所を開いた。保育所は、一日中工場に雇われている母親が、自然の気まぐれに子どもたちをまかせないでもいいようにし、子どもたちの精神的な肉体的な力を調和的に発達させるのに都合のよい条件のもとにおくことにした。」



4.上記教育家たちの失敗の理由

 しかし結局、彼らの試みは失敗に終わった。それはなぜだったのか。

 一言で言えば、それは、国民教育が資本家の食い物にされたから、ということになる。
 
 資本家は、ただ黙っておとなしく労働に従事する、そのような国民を求めたのである。

「19世紀の資本主義的工業の技術は、職人のもっているような熟練労働にたいする試用をせまくし、単純な、熟練していない労働にたいする需用を大きくした。全工程をよく理解している有能な、創意のある、自主的な労働者ではなくて、おとなしい、よく仕事をする、学力のない人夫が必要だった。かれらには特別な肉体の力も、想像力も、技術も要求せず、ただ正確さ、我慢強さ、忍耐力、根気を要求した。」



5.労働学校による社会改造へ

 しかし時代は変わりつつある。そうクルプスカヤは言う。
社会が、ただ機械のように働く労働者だけでなく、創造的労働者を必要とし始めたからだ。このニーズは、やがて労働階級一般の底力を上げていくはずである。

「熟練した労働者にたいする需用が増大するにつれて、技術的な教育をうけた労働者の仲間が多くなり、技術教育は特権的なものから、だれでも手にし得るものになるであろう。それは労働階級の一般的な知性を向上し、かくして、現制度を社会主義制度へ改造する手段となるであろう。」

「労働階級のみが、労働学校を『現社会を改造する武器』にすることができるのである。」

(苫野一徳)



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