見田宗介『社会学入門―人間と社会の未来』



はじめに

写真:社会学者の見田宗介=遠藤真梨撮影 社会学の泰斗、見田宗介。本書は、社会学入門というより見田宗介入門といった方がふさわしい。

 切実な問題意識に突き動かされ、真に学問する姿勢を貫いてきた見田。

 本書はそんな見田の、見事に鍛え抜かれた社会構想論といっていいだろう。

1.境界を突破する

 本書冒頭で、見田は次のように言っている。

「近代の知のシステムは、専門分化主義ですから、あちこちに「立入禁止」の札が立っています。「それは○○学のテーマではないよ。そういうことをやりたいのなら、他に行きなさい。」「××学の専門家でもない人間が余計な口出しをするな。」等々。学問の立入禁止の立て札が至る所に立てられている。しかし、この立入禁止の立て札の前で止まってしまうと、現代社会の大切な問題たちは、解けないのです。そのために、ほんとうに大切な問題、自分にとって、あるいは現在の人類にとって、切実にアクチュアルな問題をどこまでも追求しようとする人間は、やむにやまれず境界を突破するのです。」

 すべての学者が、常に肝に命じておきたい名言だと思う。

2.社会の4側面

 さて、以下で見田は、社会を共同体集列体連合体交響体の4つに分けて考察していく。


 共同体community)とは、伝統的な家族共同体、氏族共同体、村落共同体のように、個々人がその自由な選択意思による以前に、「宿命的」な存在として、全人格的に結ばれ合っている、というかたちで存立する社会。


 集列体seriality)とは、端的にいえば市場社会のこと。



 連合体association)とは、「会社」とか「協会」とか「団体」等々のように、個々人がたがいに自由な意思によって、けれども「愛」による場合のように人格的な結合ではなく、特定の、限定された利害や関心の共通性、相補性等々によって結ばれた社会のこと。



 そして交響体とは、さまざまな形の「コミューン的」な関係性のように、個々人がその自由な意思において、人格的に呼応し合うという仕方で存立する社会のことである。


3.他者尊重を外枠とした、交響するコミューンの構想

 以上のような社会の諸側面について考察した上で、見田は次のように言う。

「われわれの社会構想のうち、全域的なフレームを構成する原理の形式は、近代の〈市民社会〉の理念のエッセンスというべきものと、基本的に同じものである。」

 つまり、社会構想の原理(フレーム)は、どこまでも、異質な他者たちを自由で対等な存在として承認し合う点にこそある。

 そしてその上で、見田は交響体としての社会の重要性を主張する。

 それは決して、ともすれば社会への過度なコミットメントを要求してしまうような、友愛結合を第一原理とした社会のあり方ではない。

 あくまでも、ヘーゲル竹田青嗣の言葉でいえば「自由の相互承認」を土台とした上で、まさにこの相互の自由をより豊かにするものとしての、交響圏の創設の主張である。

 つまり、

「社会のこれまでの理念史の内の「コミューン」という名称のほとんどが強調してきた、「連帯」や「結合」や「友愛」ということよりも以前に、個々人の「自由」を優先する第一義として前提し、この上に立つ交歓だけを望ましいものとして追求するということである。」

 自由の相互承認を基礎原理とした上で、いかにしてこのような交響圏を作っていくことができるか。

 21世紀の社会を構想する上での、最も根底的な発想であるといっていいだろう。

(苫野一徳)



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