キムリッカ『多文化時代の市民権』





はじめに

Will Kymlicka カナダの政治哲学者。

 マイノリティの権利について論じる人は、程度の差はあるけれど、えてしてマイノリティこそ正義であり絶対である、というような、過激な原理主義者になることがある。

 キムリッカはしかし、どの程度、そしてどのようにマイノリティの権利を保証することができるか、しかもそれが自由主義の原理と相補的たりうるにはどう考えることができるかと問う。

 マイノリティの権利論としてはもちろん、現代政治哲学の原理論としても、高く評価されるべき論考だと思う。


1.本書の目的=自由主義理論によってマイノリティの権利を基礎づける

「伝統的な人権をマイノリティの権利によって補完することは正当であり、実際、不可避でさえあると、私は信じている。〔中略〕マイノリティの権利に関する自由主義の理論は、マイノリティの権利が人権とどのように共存するのかを、また、マイノリティの権利が個人の自由、民主主義、社会的正義といった諸原理によってどのように制約されるのかを、説明しなければならない。これこそが、本書の目的なのである。」

 「伝統的な人権」、つまり基本的人権は、生まれや性別、民族にかかわりなく、誰もが平等に有しているものだとされている。

 ここから、現代の自由主義(リベラリズム)は、中立的リベラリズムという形をとることが多い。つまり、すべての人の権利を等しく中立に保証さえしていれば、政治の正当性は担保されるという考えだ。

 ところがこれに対して、いわゆる共同体主義(コミュニタリアニズム)は、個人は皆等しく人権を持つといっても、その個人は実は共同体において規定されているのだから、むしろ共同体をもっと重視して、特にマイノリティに対しては、基本的人権の尊重を超えてもっとエンパワーする必要があると論じる。

 大ざっぱに図式化すると、中立かエンパワーか、という対立図式がここにはある。

 キムリッカはしかし、この対立は本質的ではないという。

 というのも、それは「程度問題」にすぎないからだ。絶対中立か絶対エンパワーかではない。ある原理に照らして、どの程度まで中立であるのがよいか、そしてどういう場合にどの程度エンパワーするのがよいか、そう問うことこそが本質的なのだ。



2.多民族国家と多数エスニシティ国家

 そこでキムリッカは、まず民族エスニシティを区別する。

「ここでいう『民族』(nation)とは、制度化がほぼ十分に行きわたり、一定の領域や伝統的居住地に居住し、独自の言語と文化を共有する、歴史的に形成されてきた共同体を意味している。」

 それに対して、エスニックは、移民のように、民族ほどには力強い紐帯で結ばれておらず、民族独立を求めるよりは、多数派への統合を願う気持ちが強い集団のことをいう。

 私なりに言うと、多民族国家における民族的マイノリティは、主流派に対する遠心力の動機を強くもつ。一方の多数エスニシティ国家におけるエスニックマイノリティは、主流派に対する求心力の動機を強くもつ。つまり主流派に対しての分離独立よりは、主流派に自分たちをもっと承認してもらいたいという動機をもつわけだ。

 この両者の区別が自覚的でなかったために、現代政治哲学は、中立かエンパワーかという単純な図式で割り切ってしまったのだ。そうキムリッカは指摘する。

 つまりこの区別を考慮に入れると、国家内において権利が実質上保障されていないエスニックマイノリティについては、これを主流派に対してより保障しようとする動きもまた正当化される可能性が高くなることになる(その一例として、キムリッカは特別代表権などを挙げる)。


3.対内的制約と対外的防御

 単純な中立か単純なエンパワーかではない、ということは、対内的制約対外的防御の区別によってもまた論じられる。

 対内的制約とは、ある集団が、たとえば女性は男性に服従しなければならないとか、宗教上の理由で子どもを学校に通わせないとか、そういう制約を集団内に課すことだ。

 対して対外的防御とは、自分たちの文化権が主流派にもっと承認されるよう働きかけることをいう。

 この区別を理解しておくと、対内的制約に対しては、リベラリズムは一定の制限を加えることが正当化されるだろう。そういう集団まで、一律にエンパワーしていく必要はない。

 対して対外的防御については、それをある程度承認していこうとする動きは当然あってよい。

 こうして上記区別を設けることで、どのような場合にどの程度エンパワーするのがよいか、という問題を、わたしたちは考えていけるようになる。

 膨大で該博な事例知識を駆使した、現代政治哲学の名著だと私は思う。


(苫野一徳)



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