マルクス『経済学・哲学草稿』

はじめに

 人間が真に人間らしい生活を送れるために。

 これがマルクスの最大の関心事だった。

 資本主義社会は、資本家労働者という2つの階級を生んだ。労働者は労働すればするほど貧しくなり、資本家はますます富んでいく。それは決して、人間が人間らしく生活できる社会ではない。

 本書では、国民経済学ヘーゲル哲学が批判されている。前者は、労働者がどうすれば人間らしく生活できるかを問わなかったという点において。後者は、あまりに思弁的にすぎ、どうすれば現実の社会を変えうるかを明示しなかったという点において。

 ここでは特に国民経済学批判と、秀逸な疎外論を見ていくことにしよう。

 マルクスが示した、資本主義克服のための方途は現実的に挫折した。しかし彼が展開した人間や社会の本質洞察は、今も繰り返し読み継がれるにふさわしい。


1.労働すればするほど貧しくなる労働者

 本書でマルクスは、スミスリカードセイといった国民経済学者たちを批判する。彼らの関心のほとんどは富の増大にあり、「労働と資本、資本と土地とが分離される根拠について、なんらの解明もわれわれに与えない。」

「国民経済学を動かしている唯一の車輪は、所有欲であり、所有欲にかられている人たちのあいだの戦いであり、競争である。」

 しかし現実の経済社会は、資本家労働者という階級に区分されており、そして労働者は、どれだけ労働しても貧しくなる一方なのである。

「労働者は、彼が富をより多く生産すればするほど、彼の生産の力と範囲とがより増大すればするほど、それだけますます貧しくなる。労働者は商品をより多くつくればつくるほど、それだけますます彼はより安価な商品となる。事物世界の価値増大にぴったり比例して、人間世界の価値低下がひどくなる。」

 それはなぜか。このことを解明しようというのが、本書の大きなテーマの1つである。



2.疎外論

 ここで展開されるのが、有名な疎外論である。マルクスの洞察は実に見事というほかない。

 労働者は、なぜ労働すればするほど貧しくなるのか。人間らしさを失ってしまうのか。その理由を、マルクスは疎外という概念で説明する。彼は大きく、次の4つの疎外について述べている。

(1)事物の疎外

「労働が労働者にとって外的であること、すなわち、労働が労働者の本質に属していないこと、そのため彼は自分の労働において肯定されないでかえって否定され、幸福と感ぜずにかえって不幸と感じ、自由な肉体的および精神的エネルギーがまったく発展させられずに、かえって彼の肉体は消耗し、彼の精神は頽廃化する、ということにある。」

 労働者が生産したものは、結局のところ自分のものとはならない。したがって労働者は、この労働が何のための労働なのか、意味を見出せなくなってしまう。


(2)自己疎外

「労働者にとっての労働の外在性は、労働が彼自身のものではなくて他人のものであること、それが彼に属していないこと、彼が労働において自己自身にではなく他人に従属するしということに現われる。」

 労働者は、労働が自分らしさの表現ではないことに苦しむことになる。労働者は、結局他人のため、つまり資本家をますます豊かにするために労働しているのだ。


(3)類生活の疎外

「疎外された労働は人間から、(1)自然を疎外し、(2)自己自身を、人間に特有の活動的機能を、人間の生命活動を、疎外することによって、それは人間から類を疎外する。」

 人間は類的存在である。つまり、人とかかわって生きる存在である。しかし労働は、この人とのかかわりを疎外する。労働者は、ただ資本家のための歯車となって働くだけなのだ。


(4)人間からの人間の疎外

「人間が彼の労働の生産物から、彼の生命活動から、彼の類的存在から、疎外されている、ということから生ずる直接の帰結の一つは、人間からの人間の疎外である。」

 以上をまとめれば、労働は人間から人間らしさを奪っているということになる。

 こうしてマルクスは、労働がいかに非人間的なことであるかを主張する。



3.共産主義へ

 そこでマルクスは言う。一切の元凶は私有財産である、と。

「人間の自己疎外としての私有財産の積極的止揚としての共産主義、それゆえにまた人間による人間のための人間的本質の現実的な獲得としての共産主義。」
「それは人間と自然とのあいだの、また人間と人間とのあいだの抗争の真実の解決であり、現実的存在と本質との、対象化と自己確認との、自由と必然との、個と類とのあいだの争いの真の解決である。」

 実はこのあたり、なぜ私有財産を廃棄せよ、という命題が出てくるのか、いまいちよく分からない。マルクスはとにかく、財産を私有化したいとする人間の欲望それ自体を批判している。私有財産は下劣なのだ、と彼は主張する。私自身はこのあたりにかなり論理の飛躍を感じているが、実際この飛躍が、マルクス主義の理論的欠陥であっただろう。

(苫野一徳)



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