イェーリング『権利のための闘争』

はじめに

 権利闘争の運動家たちに、本書はどれほど絶大な影響を与えたことだろうか。

 権利のための闘争は、己にとっての義務であると同時に国家にとっての義務でもある。イェーリングはそう訴える。

 私自身は、こうした義務論は政治・法理論において今日ほぼ無効であると考えている。何が「義務」であるかは、観点や関心に応じてまったく異なり決して決着がつかない問題であるからだ。

 人によっては、権利を主張するために闘って死ぬよりも、穏便に事をすませて生き延びる方が、命を守るという「義務」を果たすことになる、と言うだろう。

 何が「義務」であるかを、一義的に決定することはできないのだ。(イェーリングは、上記のように命を守る方が大切だと言う人を激しく批判するのだが。)

 社会構想の原理における、道徳・義務論的アプローチは無効である、欲望論を開始しよう。これが私の考えで、数年来言ってきたことでもある。

 しかしそれはそれとして、本書の力強い文体には、人を強く惹き付けるものがある。イェーリングは疑いなく、当代一のアジテーターとしての才能があった。そして本書は、学理としての原理性はともかく、運動の理論としては、後世に多大な影響を与えたものとして歴史に残る一冊である。


1.すべての権利=法(Recht)は、奪い取られたものである

「世界中のすべての権利=法は闘い取られたものである。」

 イェーリングはまずこのテーゼから本書を開始する。

 しかしそれまでの法学は、抽象的な法理論を並べるばかりで、この事実をしっかり受け止めてこなかった。そうイェーリングは主張する。

 権利=法の持つ、具体的・実践的な運動の力から考えよう。そうイェーリングは言うわけだ。



2.権利のための闘争は、自分自身に対する義務である

 ドイツ語のRechtには、権利=法という意味がある。権利は主観的なニュアンスを含み、法は客観的なニュアンスを含んでいる。

 そこでイェーリングは、まず主観的な権利から考察を試みる。

 まず彼は次のように言う。

「諸国民が何の苦労もなしに法を手に入れたわけではなく、法を求めて苦心し、争い、戦い、血を流さなければならなかったからこそ、それぞれの国民とその法との間に、生命の危険を伴う出産によって母と子の間に生ずるのと同様の固い絆が生まれるのではないか?何の苦労もなしに手に入った法などというものは、コウノトリが持ってきた赤ん坊のようなものだ。コウノトリが持ってきたものは、いつ狐や鷲が取っていってしまうか知れない。それに対して、赤子を生んだ母親はこれを奪うことを許さない。同様に、血を流すほどの労苦によって法と制度をかち取らねばならなかった国民は、これを奪うことを許さないのである。」

 権利とは、いつも闘いを通して勝ち取られてきたものである。
 だからこそ、われわれはこれに我が子に対して母親が抱くような愛着を覚えるのだ。

 そこで彼は次のテーゼを主張する。

「権利のための闘争は、権利者の自分自身に対する義務である。」

 なぜか。イェーリングは言う。

「人びとは、肉体的生存の条件としての腎臓や肺や肝臓について何も知ってはいない。それでも、肺のチクチクした痛み、腎臓や肝臓の疼痛は誰でも感じ取るのであり、これを警告として受け止める。」
「肉体的苦痛が肉体的自己保存の義務を果たせと警告するように、倫理的苦痛は倫理的自己保存の義務を果たせと警告する。」

 体の調子が悪ければ、われわれはこれを何とかしようと考える。それと同じように、倫理的に自らの権利が侵されていると思ったら、やはりわれわれはこれを何とかしなければならないと思うべきなのだ。イェーリングはそう訴える。



3.権利の主張は国家共同体に対する義務である

 続いてイェーリングは、権利=法の客観的なニュアンス、すなわち法について考察する。

 主観的な権利を主張することは、同時に客観的な法を尊ぶことでもある。イェーリングはそのように主張する。次の言葉も、やはり非常に見事なアジテーションといっていいだろう。

「千人もの兵士が戦わなければならないところでは、一人が脱落しても気づかれないかもしれない。しかし、千人のうち百人が戦線を離脱すれば、忠実に部署を守り続ける者の状況はどんどん悪化してゆき、自分たちだけで全戦線を持ち堪えねばならないことになる。」

 それゆえに、一人の個人が自らの権利を主張することは、法一般を主張することと同義なのである。

 続けて彼は言う。自らの権利感覚が十分育っている者は、国家の権利感覚も重視するのだと。だから、国家が対外的に尊敬されたいのであれば、個人の権利感覚を涵養すること以上に重要なことはない。

「勇気をもって自分の権利を守ろうとしたことのない者が、国民全体のためなら喜んで自分の生命・財産を投げ出したいなどと思うものだろうか?」
「外国から敬意を払われ、国内的に安定した国たらんとする国家にとって、国民の権利感覚にも増して貴重な、保護育成すべき宝はない。」


(苫野一徳)


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