スピノザ『エチカ』



はじめに

 唯一の実体であり、他のあらゆるすべてのものはその属性である。



 本書は、このことを幾何学的に、定義・公理・定理・証明、という形式で証明しようとしたものだ。 

 そんなこと、証明できるはずがない。


 現代のわたしたちならそう考えるはずだ。そして実際、スピノザがその証明に成功しているとは思えない。


 ライプニッツと共に、本書におけるスピノザのモチーフは、デカルトの二元論を克服するところにあった(ライプニッツ『モナドロジー』デカルト『省察』のページ参照)。


 デカルトは、世界は精神物体の2種類からなると考えた。しかしスピノザには、全く相容れない2つの世界があるとする考えが、どうにも不自然なことであるように思われた。


 むしろわれわれは、世界の実体を神のもとに一元化すべきなのではないか。スピノザはそう考え、精神と物体の2つを共に包括する哲学を打ち立てた。


 しかし先述したように、このことは決して証明することのできない「形而上学」(絶対的真理を問う学)だ。スピノザやライプニッツのようないわゆる大陸合理論(理性の推論によって世界の全体像を合理的に把握しようとする哲学)の哲学者たちが描き出した世界像が、決して証明することのできない形而上学であることを明らかにしたのは、この後18世紀ドイツに登場するカントである(カント『純粋理性批判』のページ参照)。


 カントによって、スピノザの世界像は突き崩された。そして今日、スピノザの形而上学的世界像が何らかの現代的意義を持ちうるとは、私には思われない(もっとも、スピノザの形而上学は、カントの後に現われたヘーゲルにおいて独自に継承されることになる。〔『精神現象学』のページ参照〕)。


 しかしその一方、本書で展開された人間論は、やはりスピノザが第1級の哲学者であったことを確信させる。


 今日なおわれわれが多くを学び取ることのできるスピノザの哲学は、その形而上学的世界観にではなく、類まれな人間洞察にある。私はそう考えている。




1.神について


定義6神とは、絶対無限の存在者である。
定義7自由はみずからの本性の必然性によってのみ存在し、それ自身の本性によってのみ行動しようとするものである。必然的といわれるものは、一定の仕方で存在し、作用するように他のものによって決定されるもののことである。

 スピノザがいいたいのは、とにかく唯一の実体はであるということ、そしてその他あらゆるものはその属性であるということだ。

 だからわれわれには自由はない、というのがスピノザの考えだ。なぜなら神の必然性のなかにおいてわれわれは存在しているからだ。

定理11神は必然的に存在する。
証明神が存在しないと考えてみよ。そうすれば神の本質には存在がふくまれないことになる。
定理18:神は、あらゆるものの内在的原因であって超越的な原因ではない。
証明:存在するものはすべて神の中にあり、神によって考えられなければならない。
  
 こんな具合に、スピノザはひたすらに推論を重ねて神の存在を証明しようと試みている。

 しかし冒頭でも述べたように、これを「証明」というわけにはいかないだろう。結局のところスピノザの論述は、神は存在する、なぜなら神は存在しているからである、といった、トートロジー(同語反復)に帰着しているからである。





2.人間の感情について



 以上のように、スピノザは今日からみればかなりめちゃくちゃなことを言っている。しかし3部「人間の感情の起源と本性についてにおいて、彼は透徹した人間論を勢いよく展開することになる。

定理31:われわれが自分の愛するものをある人も愛すると想像するなら、その愛はいっそう不動なものになる。


 

 いわれてみればあたりまえなのだが、彼はこれを次のように「証明」する。



 

証明:だれかがあるものを愛していると想像するただそれだけのことから、われわれはただちにそれを愛するであろう。

 これも明らかにトートロジーで、証明になっているようには思われないが、それでもスピノザの洞察には見事なものがある。

 スピノザはさらに次のようにも言っている。

系:ここから、人は誰もが自分の愛するものを愛してくれるように可能な限り努める。  

注解:しかしこれは実は追従である。すべてのものがそろって同じようにこのことを要求することが、たがいに妨害となる。

 皆が皆を求め合うところに、お互いを妨げあう原因がある。



 さらにスピノザは次のように言う。

定理43:憎しみは、逆に憎み返すことによって増大させ、またによって反対に根絶することができる。
証明:自分の憎むものが自分にたいして愛に動かされていると想像するなら、彼は自分自身を喜びのうちに見つめるか、そのものに気に入られるように努めるであろう。
定理44:によって完全に克服された憎しみは、愛に変わる。しかもそのために、この愛は、憎しみが先行していなかったときよりも大きくなる。


 以下、スピノザの人間への慈しみが感じられる言葉を、いくつか引用しておくことにしよう。


定理18:喜びから生ずる欲望は、悲しみから生ずる欲望よりも強力である。

証明欲望は人間が自分の存在を継続しようとする努力である。

定理11:人の心を征服するものは、けっして武力でなく、愛と寛容である。




 世界を合理的な推論によって解明しようとした哲学者、スピノザ。しかし彼の本領は、その推論能力にではなく、人間的生の本質を見抜く、その「洞察」の力にこそある。私はそう思う。




(苫野一徳)





Copyright(C) 2009 TOMANO Ittoku  All rights reserved.