フッサール『現象学の理念』

はじめに

Edmund Husserl 1910s.jpg 現象学を創始したフッサールが、「現象学的還元」の方法をはじめて提唱した本書。

 現象学の入門に最適の書としても知られている。

 しかし、後に発表される主著『イデーン』とは少し用語法が違ったり、まだ思索が徹底されていないところがあったりして、個人的には、本書はまだ原石であるような印象を受ける。

 なので、現象学についてのより詳しい解説・紹介は、『イデーン』『デカルト的省察』などのページを参考にしていただきたい。

 とは言うものの、フッサールが成し遂げたかったこと、そしてそのための着想や鍛え抜かれた思考は、本書からも十二分に伝わってくる。

 天才哲学者の誕生を、ここに見ることができる。


1.現象学の課題

「純粋明証ないしは自己所与性の枠内であらゆる所与性の形式とあらゆる相関関係を追求し、それらのすべてについて解明的分析を行なうことこそ、〔現象学の〕課題なのである。」

 『イデーン』のページで詳しく述べているのであまり繰り返さないが、現象学の第1の課題は、主観—客観問題を解明することにあった。

 それまでの哲学(認識論)がずっと悩み続けてきた問題、つまり、主観はいかにして正しい客観的知識を得るかという問題を、フッサールは、それまでの哲学の叡智を徹底的に鍛え抜くことで解明した。

 フッサールの回答は簡明だ。

 われわれは、絶対的に正しい客観に到達することなどできない。

 今目の前のパソコンが、ほんとうに目に見えるように存在しているかどうか、絶対的な保証はない。

 私とあなたの見ているものが、絶対に同じものとして見えているかどうか、結局のところ絶対的には分からない。

 それに極端な話、今この瞬間が「夢」かも知れないとも考えられなくはない。

 しかし……。

 しかし、私が今、何かを確かに見ている、何かを確かに感じている、そのことだけは疑えない。

 今何かが「見えてしまっている」「感じてしまっている」ということ、このことを、フッサールは本書において純粋名証とか自己所与性とか言う。

 では、この疑えない純粋名証において、一切がどのように立ち現れているか、その「相関関係」を分析しよう。それが現象学の課題だ。そうフッサールは言うのである。

 見えている何かは疑える。しかしそれがどのように見えているか、その確信構造なら分析できる。

 こうしてフッサールは、主観と客観はいかに一致するかという問題を終わらせ、一切を主観の確信に還元し、それがどのような構造をもって立ち現れているかを問おうと言ったのだ。


2.懐疑論批判

 ここでフッサールの懐疑論批判を紹介しておこう。

 現象学は、デカルトにならってまず一切を疑うのだが、それでもなお、疑い得ない純粋名証を見出す。それは、今確かに「見えてしまっている」とか「感じてしまっている」とかいう所与性だ。

 ところが懐疑論者たちは、今見えていることだって疑える、と言う。自分がほんとうにこれを見ているかどうか、本当のところは分からない、と。

 こういうことは、「言葉の上では」いくらでも言える。しかしそれは皮相な言い方だ。

 見えているのに「見えていない」と言い続けることはできる。しかし、この確かに「見えてしまっている」ということを、わたしたちはいったいどのような根拠で否定することができるだろうか。

 それは何者かによって見せられた幻影であるかも知れない。そういうことは可能だ。

 確かにそうかも知れない。

 しかしそれでもなお、今「見えてしまっている」ということ、これを疑うことは不可能だ。

 フッサールは言う。

「だが言うまでもなくこのような仕方で懐疑論者を論駁できるのは、根拠を見る者、すなわち見ること、直観すること、明証にまさに意味を認める者だけである。見ていない者、あるいは見ようとしない者、論じ立て論証もする反面、自分自身は相変らずいろいろな矛盾を犯し、しかも同時に一切の矛盾を拒否しようとする者、そういう輩はわれわれにもどうしようもあるまい。〔そういう相手に対しては〕「(明らかに)そうである」と答えるわけにはゆかない。彼は(明らかなoffenbar)もののあることを認めないのである。たとえて言えば、それは見ていない者が見えることを否定しようとするようなものであり、もっと適切に言えば現に見ている者が自分が見ている事実や見る働きのあることを否定しようとするようなものである。もしも彼があくまでも自説を変えないとしたら、いったいわれわれに彼を納得させるすべがあるであろうか?」

 この疑い得ない私の「確信」に一切を還元して思考を始めること。これが、現象学の根本方法「現象学的還元」となる。

(苫野一徳)



Copyright(C) 2009 TOMANO Ittoku  All rights reserved.