ロック『統治論』


はじめに

 『人間知性論』のページでも書いたように、そしてまた以下で述べるように、ロックの政治思想、特に天賦人権は、ホッブズルソーに比べてやや劣るように思われる。

 しかしとはいうものの、アメリカ合衆国憲法をはじめ、彼が現代に及ぼした影響は甚大だ。そしてなにより、「人権」などという概念のない時代に、人間は平等な存在であるという思想を打ち出したことは、やはりきわめて画期的なことだった。


1.自然状態において、人間は平等である


「自然状態は、自分が適当と思うままに自分の所有物と身体を処理するような完全に自由な状態である。それはまた平等な状態でもあり、そこでは権力と支配権はすべて互恵的であって、他人より多くもつ者は一人もいない。」


 ホッブズにとって、自然状態とは万人の万人にたいするたたかいだった(ホッブズ『リヴァイアサン』のページ参照)。


 しかしロックにとっては、それは自由平等な理想的状態だ。


「そうしてみれば、専制状態に比べれば、人々が他人の不正な意志に服従しなくてもよい自然状態のほうがはるかにまさっているのである。」


 しかしこの自然状態は不安定だ。だから人々は社会をつくったのだ。そうロックはいう。



2.所有権


「すべての人間は自分自身に対する所有権をもっている。そこで、自然が準備したものに労働を付け加えることで、それを自分の所有物とすることができるのである。」


 自分に対する所有権が根拠となって、自分で生産したものには所有権が発することになる。

 しかしロックは、ここに1つの留保をつけることも忘れない。


「一人の人間が耕し、植え、改良し、栽培し、そしてその収穫物を利用しうるだけの土地、それだけが彼の所有物である。」



 ロックによれば、この「所有権」はによって人間に与えられたものである。


 しかしそれは、今ではかなり無理のある考えと言わざるを得ない。

 後にルソーが言うように、所有権という考え方すら、合意によって生まれたと考えるほうが原理的だろう。


 確かに現代では、所有権(人権)は超越的な権利として保障されている。しかしこれは神によって与えられているのではなく、われわれ自身の、ルソーの言葉でいえば自己保存のために、相互の約束によって作り出された権利であるというべきだ。





3.市民社会




「市民社会の主要な目的は所有の保全にある。」



「したがって、すべての人が自然の法の執行権を放棄してそれを公共の手にゆだねるときにはいつでも、そこに、またそこにのみ、政治社会あるいは市民社会があるのである。」

 

 所有権という権利が根拠となって、これを守るために人間は相互に約束をして社会をつくる。


 それゆえ、この所有権を認めないような絶対君主制は、市民社会としてありえない。


 画期的な絶対君主制批判だ。



4.立法権


「最高の権力といえども、同意を得なければ、だれからもその所有物のどの部分も奪うことはできないのである。」


 ルソーに先がける「同意」の思想を、ここに見ることができる(ただし、ロックに先立つホッブズもまた、超越的権力への権利の委譲は、人民の合意によってなされる必要があると言っている)。




(苫野一徳)



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