ルソー『ポーランド統治論』

はじめに

 ルソー最晩年の政治論。

 ロシアなど列強の脅威におびえるポーランドが、どのように政治的独立を勝ち取ることができるかを提言した論考だが、『社会契約論』などに見られるルソーの原理的思考に加え、透徹した現実認識を知らしめてくれるものでもある。

 『エミール』を読んでも分かる通り、ルソーは頭でっかちな理論ばかりを書くのではなく、常に具体的な事象について論じることを得意としていた。

 本書からも、そうしたルソーの現実感覚とでも言うべきものがうかがえる。

1.立ち上がるポーランド

「ポーランド、この、人は減り、踏み荒され抑圧され、侵略者の餌食となっている地区は、その禍と無政府状態の其只中にあってなお、青年のあらゆる情熱を見せている。そしてあたかも生まれ出たばかりであるかのように政府と法とを勇敢に求めている。鉄鎖のなかにありながら自由を維持するための方策を議論しているのだ!庄制の力が屈服させようとしてもできないような力を、みずからの内に感じているのである。」

 ポーランドはいかにして自由な国家たりうるか。ルソーの提言が始まる。


2.祖国愛の涵養を

 第一の方策は、次のような祭典を催し、祖国愛を称揚することにある。ルソーはそのように言う。

「定期的なおごそかな祭典を創設して、けばけばしく軽薄な華やかさではなく、誇り高く共和主義的な華やかさをもって、十年ごとにそれを祝うことにしてはどうか、と私は思う。敵の鉄鎖につながれて祖国のために苦しむ栄誉をになったあの徳高き市民たちを、堂々と、しかし大げさな言葉を用いず、称讃することにしてはどうか。彼らの家族になんらかの、名誉としての特権を与えて、公衆の眼にいつもこの美しい思い出を喚起するようにしたいものだ。しかしながらこの祭典でロシア人に対して悪罵を放つことをみずからに許していいとは思わないし、彼らのことを口の端にのせてほしいとも、私は思わない。それでは余りに彼らに面目を施しすぎることになるであろう。この沈黙と、彼らの残虐さの思い出と、彼らに抵抗した者への讃辞とが、言うべきすべてのことを彼らについて言うことになるだろう。諸君は、憎まずにすますくらい十分に彼らを軽蔑すべきなのである。」


3.教育

 続いて教育について、ルソーは次のように言う。

「富有な貴族と貧窮した貴族が異なった仕方で、別々に教育を授けられることになる、あの学院とアカデミーの区別を、私はぜんぜん好まない。」

 教育は、貧富の別なく平等に受けられるべきである。ルソーはそのように主張した。
 その上で、やはり祖国愛である。彼は次のように続ける。

「すべての学院に子供たちのための体育館、つまり身体訓練の場をつくらなければならない。」

 何のためか。それは、子どもたちが一団となって何かに取り組むことを称揚するためである。

「彼らが個別気まぐれに遊ぶことを許してはならない。そうではなく、全員いっしょに、衆人環視の場で、つねに共通の目的があってみんながその達成を渇望し、それが競争心と対抗心を刺激するような仕方で、でなければならない。」

 このあたり、その後の軍国主義教育のはしりのような印象を与えるだろうが、このサイトでは何度も言っているように、私たちは時代の時代性を十分に理解しながら古典を読む必要がある。

 フランス革命前夜のこの時代、市民国家はまだ誕生していなかったのだ。


4.国会の開催

 ルソーが決して現代的な意味における国家主義者ではなかったということについては、次の一節からも明らかだろう。

「自由の機関を隷属の道具に変える、この恐ろしい悪を予防する二つの方法が考えられる。」
「第一は、すでに述べたように、国会の頻繁な開催である、これによって代表者がしばしば替わり、彼らの誘惑はいっそう高くつき、いっそう困難となる。」
「第二の方法は、代表者を彼らが選挙人から受けた指示に正確に従うよう強いること、そして国会での彼らの行動を選挙人に厳密に報告させることである。」

 権力について論じるのであれ法について論じるのであれ、あるいは教育について論じるのであれポーランドについて論じるのであれ、ルソーの著作は、常に、個々人が「自由」たりうることはいかにして可能か、という問題意識に貫かれている。

 私たちはルソーを読む時、このことをいつも必ず理解しておく必要がある。

(苫野一徳)



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