シュミット『政治的なものの概念』

はじめに

 有名な友・敵理論を提示したシュミットの代表作の1つ。

 ナチスの御用学者として悪名高かったシュミットだが、近年再評価されつつあるらしい。

 私自身は、シュミットはあくまで「非常事態」の理論家であって、過度に一般化することは慎む必要があると考えている。

 しかし時代状況によっては、このような思想が現れ影響力をもつということもよく理解できる。

 政治理論のある種極端な典型を、ここにみることができる。


1.友–敵理論

「政治的な行動や動機の基因と考えられる、特殊政治的な区別とは、友と敵という区別である。」

 道徳においては、善と悪が根本的区別であり、美的なものにおいては美と醜、経済においては利と害が根本的区別であるように、政治的なものの本質は、友と敵の区別にある。

 そうシュミットは言う。

 政治的なもの、といった時点で、それは友と敵の区別のことをいうのだ。そしてわれわれは、どれだけ道徳を説いても、どれだけ経済社会に生きていたとしても、この政治的なるものから逃れることができない。そうシュミットは主張する。


2.主権=決定的事態における決定権

「政治的単位は、およそそれが存在するかぎりはつねに、決定的単位なのであって、かつ、例外的事態をも含め、決定的事態についての決定権を、概念上必然的につねに握っていなくてはならない、という意味において『主権をもつ』単位なのである。」

 例外的事態とは、つまり戦争のことだ。国家という政治的単位のみが、戦争時における決定権をもつ。戦争は、国民に死をすら要求する。このような決定権をもつことを、シュミットは「主権をもつ」という。

 そして国民は、この政治的なものの単位の領域内にいる以上、自ら友と敵を区別できるようでなければならない。

「国民が政治的なものの領域内に存在するかぎりは、〔中略〕友・敵の区別を国民自身が定めなければならない。この点に、国民が、政治的なものとして存在することの本質がある。」

「無防備の国民には友しか存在しない、と考えるのは、馬鹿げたことであろうし、無抵抗ということによって敵が心を動かされるかもしれないと考えるのは、ずさんきわまる胸算用であろう。」

 1人の国民が、無抵抗を試みたところで無駄である。人間は政治的なるものから逃れられず、その政治的なものとは、常に友と敵を峻別するところに成立しているのだから。

「一国民が、政治的なものの領域に踏みとどまる力ないしは意志を失うことによって、政治的なものが、この世から消え失せるわけではない。ただ、いくじのない一国民が消え失せるだけにすぎないのである。」


3.世界国家の不可能生

 以上のように、政治的なるものが本質的に友と敵を峻別するものである以上、この区別をなくしてしまおうなどという世界国家の構想は無意味である。そうシュミットは言う。

「およそ国家が存在するかぎりは、つねに、複数の諸国家が地上に存在するのであって、全地球・全人類を包括する世界『国家』などはありえない。政治的な世界は多元体なのであって、単一体ではないのである。」



4.政治学における性悪説

「すべての国家理論および政治理念は、その人間学を吟味し、それらが意識的にであれ、無自覚的にであれ、『本性悪なる』人間を前提としているか、『本性善なる』人間を前提としているか、によって分類することができよう。」

 そしてシュミットは、性悪説こそが政治理論における優れた人間観であるという。

「政治的なものの領域は、結局のところ、敵の現実的可能性によって規定されるのであるから、政治的な観念ないし思考過程は、人間学的『楽観論』を出発点としたのでは、ぐあいが悪い。」

 実際、性善説や楽観論を信じた政治体は、歴史において滅んできたのだとシュミットはいう。



5.個人主義的自由主義批判

「自由主義的思考は、きわめて体系的なしかたで、国家および政治を回避ないしは無視する。そして、その代りに、二つの異質の領域、すなわち倫理と経済、精神と商売、教養と財産という典型的な、そしてつねにくり返しあらわれる両極のあいだを動揺するのである。」

 自由主義は、友―敵理論を考えない。お互い仲良くしようという倫理を説き、自由な経済交流によって、区別をなくしてしまおうと考える。

 しかしこれは、絶対主義国家を打ち倒す際には有効な考えであったかも知れないが、もはや賞味期限の過ぎたものである。そうシュミットは言う。

「経済・自由・技術・倫理・議会主義という、きわめて複雑な結合体は、その敵である絶対主義国家および封建貴族政の残りかすをとっくに撃破し、その結果として、いかなる現実的意義をも失った。」

 議会など単なる利害調整の場に過ぎず、その長たらしい審議は緊急事態においてまったく無能である。

 この後シュミットは、緊急事態を切り抜ける判断ができる、「独裁者」を正当化する理論を打ち出していく。

 要するにシュミットは、われわれは決して、政治的なるものから逃れることができないと主張するのだ。

「いわゆる非政治的な、さらには一見反政治的でさえある体系は、既成の友・敵結束に奉仕するか、さもなければ新たな友・敵結束にいきつくものなのであって、政治的なものの帰結からのがれることなど不可能なのである。」


(苫野一徳)



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