ソロー『市民の反抗』

はじめに

 政府の不正には決して加担しない、良心的抵抗について論じた本書(論文)。

 ガンジーキング牧師などにも、大きな影響を与えたことで知られている。

 奴隷制度メキシコ戦争に反抗するため、ソローは人頭税の支払いを拒否し続け投獄された。本書ではその経緯についても語られている。

 エマソンをリーダーとする、超越主義transcendentalism)のメンバーだったソロー。

 エマソンに見出され、エマソンの家に寄宿し、その思索を磨いた。(エマソンの妻リディアンに、ソローは密かな恋心を抱いていたという研究もある。)

 ソローの個性的な反骨精神を物語る、面白いエピソードがある。

 1846年7月、ソローが投獄されたことを知ったエマソンは、いち早く牢獄にかけつけた。

「なぜ君はこんなところにいるんだね?」

 と訊ねたエマソンに、ソローは、

「あなたこそ、どうしてここにいないんですか?」

 と言ったという。

 どこまでも紳士だったエマソンは、思わず苦笑したころだろう。

 個人の魂の偉大さを称揚する超越主義を掲げたエマソンだったが、この思想を素朴に行動に移す仲間の超越主義者たちには、やや冷ややかだった。

 しかし優れた知性と行動力を備えたソローを、エマソンは生涯愛し続けた。

 諸個人ができるだけ自らの良心に従いつつ、しかも連帯して社会や政府を作っていくにはどうすればよいか。

 ソローの真摯な問いかけは、今もなお多くの人の胸を打つ。


1.ましな政府とは何か

「多数者が、事実上、正、不正を決定するのではなく、良心がそれを決定するような政府――多数者は便宜上の規則が適用できる問題のみを決定するような政府――は、はたして存在し得ないものだろうか?」

 ソローの問いは、今もなお生きていると私は思う。彼は言う。

「ひとかどの人間が、多数者によってその生き方をああしろこうしろと強制されるなんて話は聞いたこともない。」


 自分の生きかたは自分で決める。誰もがそのように生きられる社会こそが、十全な民主主義である。ソローはそう考えた。


「とどのつまりは『まったく統治しない政府が最良の政府』ということになる」



 しかし同時に、「私は、ただちに政府を廃止しようと言いたいのではなく、ただちにもっとましな政府をつくろう、と言いたいのである。」とも言っている。

 生きかたを統一するのではない。多様な生き方を担保できる政治社会こそが、十全な民主主義である。

 この思想はエマソンも唱えたものだが、今なお現代的な問題提起だろうと思う。

 民主主義が世界で最も進歩していた、アメリカだからこそ現れた思想だったと言えるだろう。


2.侵略するアメリカ

 しかし現実はどうだろう。ソローは言う。アメリカは今や侵略国ではないか、と。

「すべての人間は、革命の権利を認めている。つまり、政府の暴虐と無能が目に余る堪えがたいものとなった場合には、その政府への忠誠を拒否し、それに抵抗する権利を認めているのである。」
「この義務の履行がいまやとりわけ緊急を要するわけは、こうして蹂躙されている国家がわが祖国だからではなく、ほかならぬわが軍が侵略軍となっているからである。」

 ここに市民の反抗の根拠がある。そして言う。

「一個人としてはもとより、一国民としても、たとえどれほど大きな犠牲を払ってでも正義を敢行しなければならない場合がある〔中略〕もし私が、溺れかけている者から不当に一枚の板を奪い取ったならば、たとえ自分が溺れ死んでも、それを相手に返してやらなくてはならない。」

 このあたり、道徳的絶対主義の感が否めない。

 絶対的な正義がある、と言ってしまうと、その「正義」とは何かをめぐって、血で血を争う戦いになる。

 キリスト教対、イスラム教。
 カトリック対、プロテスタント。
 自由主義対、社会主義。
 歴史が証明してきたことだ。

 近代の哲学はむしろ、絶対的正義を掲げるのではなく、どうすれば相互に承認し合える考えを出せるか、と問うてきた。

 本書はもともと講演だったから、ソローは挑発的な言葉を紡ぐことで、聴衆を鼓舞しようとしていたのだろう。しかしそれを差し引いたとしても、ソローにはおそらく、人々が絶対に従わねばならない正義がある、という感度があった。

 人々に大きな勇気を与えた。しかし政治思想としては、その欠点もまた時折目についてしまう。


3.個人に敬意を表する国家を

 最後にソローは、再び「まし」な国家・政府について論じる。

「国家が個人を、国家よりも高い、独立した力として認識し、国家の力と権威はすべて個人の力に由来すると考えて、個人をそれにふさわしく扱うようになるまでは、真に自由な文明国は決してあらわれないであろう。すべての人間に対して正しい態度でのぞみ、ひとりの人間を隣人として敬意をこめて扱う国家が、ついに出現する日のことを想像して、私はみずからを慰めるものである。」


(苫野一徳)



Copyright(C) 2009 TOMANO Ittoku  All rights reserved.